アユミギャラリー出版取り扱い書籍の紹介

AYUMI GALLERY

■日本辺境ふーらり紀行
著者/鈴木喜一
秋山書店刊/2007.12.1/202ページ/四六版
本体価格1700円 
● ISBN978-4-87023-621-9 

書 評

 ……渡邉義孝(東京を描く市民の会・理事)

「辺境」は今もそこにある  

「切り捨てられる地方」「限界集落」といった言葉がマスコミにあふれている。そんな現代に、「辺境」を訪ねる意味はどこにあるのか。

旅する建築家が、主に日本国内を訪ねたエッセイ集である本書には、15ルートの行程とそこでの人との出会いが綴られている。スケッチブックを片手に北はサハリンから、南は小笠原、西は五島列島そして韓国へと縦横に歩き回り、普段着の人間とのそこはかとない交流を繰り返す。相手はたいてい、有名人ではない。ふらっと出会う、「普通の人」なのだが、しかしいずれも地域への強い愛情と、生きることへの深い含蓄を備えた人びとなのである。てらいのない筆致によって、読者は旅のゆらぎと小さなときめきを共有しつつ、彼らとの対話の中から、便利さや物質的欲望に軸足を置くあり方と違う視点に気づかされていく。

例えば、琵琶湖畔の近江八幡では、汚れた掘割りを蘇らせ廃屋同然だったヴォーリズ設計の郵便局を再生したメンバーと出会い、「パリより遠い」父島では、古老から極楽島と呼ばれた豊かな時代を回想する。稚内では、古い建物をまちづくりの核にしようとするグループが紹介される。読者が意外に思うのは、東京都心の神楽坂がその1ルートに入っていることだ。神楽坂こそ、筆者のアトリエと自宅がある拠点なのだが、近世の地割をそのまま残す路地のあちこちに、芽吹く自然の営みやなじみの魚屋さんとのやりとり、家並みのしつらえなどに「辺境」を見いだす。

そう、辺境とは単に東京との距離の多少ではない。その土地の脈絡が生きていて(再開発などという暴力に遭うことなく)、他者との顔の見える関係が、貨幣経済の流れに解消させられていない場所??それが本書の言う辺境に違いない。

「大野は大切な宝だ。……季節を飾る心、自然を慈しみ、人の匂いのする町にしたい」これは尾張大野で著者が泊まった宿のご主人の言葉である。

「辺境」は今もなお、いたるところにあるのかもしれない。旅人の「ふーらり」とした視点によってそこに光が当てられて、また住む人もその価値に気づかされる。その相互交歓のプロセスに、私たちもまた旅の醍醐味を重ね合わせるのである。