―――いいえ。「治安が悪い」と評判だったので怖じ気づいちゃって(笑)。
ああ、そうそう。町中で男が親しげに声をかけてくるんだよ。話し始めるとしばらくして、警官を名乗る男が「パスポートを見せろ」と寄ってくる。
―――もしかしてニセ警官?
そう。旅券やカネを取るつもりなんだね。「ああ、これはグルだな」と気づいたから、スタスタと離れていく……、なんてこともあった。
―――追ってこないんですか?
だからニセだってわかっちゃうよね(笑)。まあ、そんなにしつこくはない。「バルカンのプチパリ」と言われたブカレストは、チャウシェスク大統領の時代に強引な近代化が進み、歴史的な町並みがずいぶん壊されたらしいね。その代わりに建てられたのが「大統領の宮殿」として悪名高い「人民宮」等の、ひたすら巨大で威圧的な建築群だったわけだ。旧市街があるにはあるけれど、古い建物はメンテナンスも悪く、廃虚になったままというエリアも目についた。クリスマスから年末年始という時期もあったのだろうけど、街は人気も少なく、物資も乏しいようだし、全体的に生活の厳しさを感じたね。
―――そうでしたか。僕が訪ねた2000年でも、貧富の差が拡大しているとこぼす市民が多かったし、「独裁が終わって民主化された」というニュースだけでは伝わらない苦悩をいやでも感じてしまいますよね。またスケッチの話に戻りますが、極寒の中でどのようスケッチしているんですか?
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