僕のとなりの国にいるちがう顔の人たち


VOL.35

メオ族の村

タイ・ドイプイ村  Sketch by Kiichi Suzuki

タイ・ドイプイ村


北部タイの山岳地帯には、「空は鳥のもの、水は魚のもの、山はわれわれのもの」といって住んでいる山の民がいる。彼らに国家はなく、国境もない。中国雲南、ビルマ、ラオス、タイ、ベトナムとつながるヒマラヤ山系のもとで、ひっそりと素朴に生きてきた人たちだ。メオ族、ヤオ族、アカ族、カレン族、リス族、ラフ族等がその代表的な民族で、その数約53万人といわれている。
チエンマイから霊 車のような形をした赤い乗合自動車で約一時間、ぼくはメオ族のドイ・プイ村に向かった。荒れた山道を器用に運転していく男は、バウンドするたびに頭をぶつけている助手席のぼくを見ながら往復四○○バーツは安いだろうと笑っている。メオ族は一五○の村落を持っているが、この村はその中で最も観光化されているところらしい。広場から坂道を歩いていくと、みやげ物を売る小屋が立ち並ぶ。人影はまばらだが、呼び込みの声は盛んだ。黒地に赤系統のカラフルな刺 の入った美しい民族衣装を着ている女や子供たちの写真を撮ると、顔色を変えて「一バーツ」といって手をさしだしてくる。ヘロインをこっそり売る男もいる。
メオ族は一九世紀に入ってからアヘンの原料となるケシの栽培をして主たる収入源としていたが、ケシ畑をのぞくと、二つのケシの花が咲いているだけだった。タイ政府によってケシの伐採が行われ、転作化が進められているという現在を象徴するような二つの濃いピンクの、しかも可憐な花だ。
メオの女に誘われて、粗末なバンブーハウスに入る。床は竹編、タル木も細い竹、屋根は草、可動式のイロリのような台所周辺には最低限の食器が並べられている。草屋根には櫛とか生活用具がささっていたり、袋がぶらさがっている。女はアヘンを吸うから、その写真を撮れという。写真を撮ると生活が貧しいから二○○バーツ欲しいという。
村人の経済攻勢にいささか閉口したが、ぼくは気をとり直してメオの家のスケッチを始める。小川のほとりで竹と葉を使って小さな家を建てて遊んでいた少女たちがぼくをとり囲む。いじわるな目になった彼女たちは、ぼくの前に立ちはだかったり、スケッチブックに触ったり、絵具をいたずらしたりして騒いでいる。ぼくは、黙って描き続ける。
そのうち、先頭に立って声を出していた少女が皆を押さえにかかった気配を感じた。いつしかシーンとして、好意的に見守る少女たちに変化していった。絵ができあがると、彼女たちは笑顔を浮かべて小川のほとりに戻っていった。  

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