僕のとなりの国にいるちがう顔の人たち


VOL.38

キャピタル・ノート

プノンペン・カンボジア  Sketch by Kiichi Suzuki

プノンペン・カンボジア


……ここはプノンペンのキャピタル・レストラン。
今日もまたアンコール・ビールを飲みながら、街路と夕陽を眺めている。目にしている光景は夾雑物の風景といえるのか。あるいは偽装を解いた人間の風景といえるのか。
ひしめくオートバイとシクロ、トラック、車、排気ガス、汚れた衣服をまとってうごめく人々、犬、クラクション、土ボコリと下水の匂い、ゴミ……。
これらがつき混ぜられてプノンペン・ノイズとなり、街路をゆったりと流れている。ここで見る夜の街はさながら泥の河の気配である。物売り、乞食もずいぶん寄ってくる。内戦を物語る身体障害者も多い。
回りに安宿があるせいか、このレストランは外国人旅行者の溜まり場といったところである。今は(1994年12月)真冬だが、日中は相当に暑く、Tシャツ一枚でじわっと汗をかく。ぼくの泊まっている安宿はすぐ隣のビルのハッピー・ゲストハウスで一泊3ドル、むろん外シャワーだが蚊帳を吊ってあり、かなり快適である。
陽が沈んでヒマをもてあまし、レジ・カウンターにぶら下がっているキャピタル・ノートを読んでみた。これはバックパッカーがリレーで書いている旅の最新情報ノートである。手垢と砂ボコリで汚れ、新しいのにボロボロになっている。どんなことが書かれているか少し紹介してみると、
●シェム・リアプの町からアンコールワットまでの行き方とその費用
●ブータン単独潜入リポート
●プノンペンのミポリン(中山美穂似の女の子)のこと
●マラリアについての予防方法と、緊急治療方法及び副作用
●キリング・フィールドへの交通について
●地雷情報
●ポル・ポトのしたことについて
 などなどで、ふむふむふむと読んでいた。そして、「このカードを必要な人は自由にお持ち下さい」と軽く糊づけされていたシェム・リアプの NO.260・ゲストハウスの名刺を剥がし、余白に大きく「謝々」と愛用の万年筆で記した。この種の手記をぼくは、プノンペンだけでなく、エジプトやインドやトルコでも読んだ記憶がある。旅のさなかに、自分にあてて書いているようなフシもあるこのノートの中には、あてどない旅人たちの不思議な連帯感が潜んでいるようである。

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