神楽坂建築塾修了制作展 論文

建てたい家がわからない

安藤文隆(東京都)


 

「建てたい家がわからない」などと呑気なことを言えた状況ではない。本当に家が建てられるのかどうかわからない状況が数カ月続いた。住まいと店舗の両方の引っ越しを終えた今ですら不安でいっぱいなのだ。昔のTVドラマで「逃亡者」というのがあったが、妻殺しの嫌疑をかけられた主人公リチャード・キンブルが最終回、無実がわかった後でもパトカーのサイレンに身構えてしまうという、ゾッとする場面で終わっていた。今の私がまさにそういった気分だ。どんなに遅く床についても朝は6時に目が覚めてしまう。胸のあたりにだけいやな寝汗をかく。すごくいやな気分で目が覚める。「また状況がガラッと変わってしまっているのではないのか?」

ともかく、どういうことがあったのかだけは書き留めておくつもりで、ワインリストの表紙部分に発表した。全国で約950名の顧客に一方的に送付した。こうでもしなければ気分が滅入ってしまいそうだった。その後も二転三転して、5頁分位書く内容がある。来月のワインリストでそれは書くつもりだが、かいつまんでいうと、頼りにしていたT銀行の最終的な決裁がなかなか下りないのに、担当の人間が「下りている」と嘘を言っていて、とうとう嘘をつき通せずに謝りに来たが、その時はもう既に品川区と各テナントとの間での契約がおこなわれる寸前であったため、あわや訴訟沙汰になるところだった。品川区からT銀行の本部にクレームが行ったら翌日急転直下決裁がおりた。その後すぐにテナントの一人と新しい賃貸借契約の内容をめぐってもめ、ようやく2月29日に契約が成立した。その後直ちに取り壊すのだが、工務店がまだ決まらない。とりあえず、解体で一番安い見積もりを出した工務店に解体だけは頼んだが、3月15日までに収用部分だけは更地にしないと、今年度の予算で収用代金が払えないというので、バタバタの引っ越しと解体工事になってしまった。

これで本当に建物が建つのだろうか。私の胃袋は今夜も痛む。

「建てたい家がわからない」は来年度、研究生になってからジックリと取り組みたい。

(以下はワインリストの該当部分)


EL CAT蹲OGO "VENCEREMOS"

小西屋商店ワイン価格表2000年2月号

 

 前回の号でお知らせしました、2001年3月に竣工予定の建物の名称ですが、着工までにいろいろな障害が次々と立ちはだかりまして、また、これからもタダじゃ建てさせてくれそうにもありませんから、私を含め家族全員を励ます意味から、LA CASA "VENCEREMOS" に決定しました。"VENCEREMOS" とはスペイン語で「うち勝つ、乗り越える、克服する、勝利する」といった意味の動詞"VENCER"の直説法・未来の1人称複数形で、英語なら"WE WILL WIN"といったところでしょうか。もちろん私の創作であろうはずはなく、キラパジュンやインティ・イジマニの演奏で知っている人は知っている程度に有名な、セルヒオ・オルテガとクラウディオ・イトゥーラが創ったあの勇ましいチリの歌の題名を戴きました。そこで、わが「小西屋商店ワイン価格表」もしばらくの間 EL CATALOGO "VENCEREMOS" と改名させていただきます。

 さて、私たちがうち勝たなくてはならなかったものとは何だったのか? ごく最近のことではS銀行でした。そもそも、改築予定の店舗建物が建っている土地であり、かつ一部が道路として収用される予定の土地にはT銀行とS銀行の抵当権が設定されています。収用されるためにはその部分の抵当権を一部抹消する必要があります。改築資金を新たに融資してもらうT銀行とはすんなり話が付きました。S銀行とは、当該抵当権を他の物件に付け替えるということで話が付いていたのですが、品川区との収用契約の直前になって、代替予定の物件の担保能力の評価を大幅に落とし、「これだけでは足りない」と、それまでの申し合わせを無視して一方的に通告してきたのです。そういわれてももう差し出す物件がありませんので、T銀行に全額肩代わりをお願いしました。それが先月の11日のことでT銀行の決裁が下りたのがつい先週のことです。つまり、T銀行がS銀行に対して肩代わり融資の内定通知書を出せば、その融資の実行を待たずに、当該物件の抵当権の一部抹消に同意するということで決着が付きました。

 ではなぜこのようなことが必要なのかといえば、品川区がこの収用事業を今年度の予算で行うつもりだからで、登記にかかる時間を考えるともうギリギリのところに来ているのです。ですから全てのことに優先して抵当権の一部抹消を両銀行にお願いしてきたのです。なぜこのようにギリギリになってしまったかといえば、現在のテナントさんの一人との一時退去の交渉が長引いたからです。この方は私の父の代からの古いテナントさんで、改築後も再入居されて商売を続けることを希望されています。素朴ですごくいい方なのですが、側でいろいろと「知恵を付ける」人がいて、改築後にも確かに再入居できるという保証を二重三重に要求してきました。私としても、再入居して戴くのが前提での改築計画なのですから、当然と思っていることを改まって再三にわたって念押しされると、追い出すだけ追い出しておいて誰か他の人に貸してしまう人非人に、私自身なってしまったような気分になります。労働組合の団体交渉の席で、気がついたら経営側の席に着かされていたみたいな気分です。「オレってそんなに悪人?」と思わず自問してしまいました。そしてまさに今、この文章を打ち込んでいる時に「改築後の賃貸借契約を公正証書にしたい」とその方が現れておっしゃいました。オレってそんなに信用ない? 工事が遅れて期限までにその方に賃貸できない場合には、1日につき10万円の損害賠償金を支払うことを私に認めさせただけでは不十分ですか? そもそも最初に借りていただいた時から、この土地が都市計画道路で収用されることは承知のはずで、当時の契約書にもその旨謳われています。私の父は、「.....収用されることことが事業決定された場合は本契約は終了するものとし.....」とさえ契約書にあれば、すんなりと、何も要求されることなく、円満にご退去いただけるものとおめでたくも信じ続け、4年前に死にました。実際その方は温厚で誠実な方なので、私たち家族みんな「好い方に借りていただいて良かった」と思い続けていました。再入居の条件も最大限おまけしたつもりです。それで何も問題がなかったと思うのは貸す側の傲りでしょうか? 契約ですからきちんと対処しますが、大上段に振りかぶられれば振りかぶられるほど私の気持ちは離れていきます。契約書では決して縛ることのできない気持ちの問題に、私はどう整理を付けていいのか解りません。

 いったい今日は何という日だ! 今、区役所の用地課の人が来ておっしゃるには、S銀行がまたまた前言を撤回し、あくまでもT銀行の肩代わり融資の実行が先でなければ抵当権の一部抹消には応じられないと通告してきたそうです。そうきましたか。でもこれは当たり前の話で、借金を返してしまったらそれまでのこと。なにも頭を下げて頼む必要などなくなるのです。結局S銀行はなにもしてくれなかったということです。でもこれで、血も涙もない(高利貸しを評する際の古典的常套句!)S銀行とオサラバできるのだから良かったと思います。もうこんりんざいS銀行は利用するものか!

 想えばバブルの時代、父はS銀行に言われるがままに融資を受け、アパートを新築し、身分不相応な別荘を購入し、相続税対策と称した訳の分からない一時払いの保険に加入しました。まるで旋風のように現れては消えた一瞬の出来事のように感じられます。そんなツケを残して父は死にました。

 父の残したものがまだあります。先妻の方との間にもうけた、私にとっての異母姉。この方とは一回だけ、父の遺言を開封するとき家裁でお会いしました。後妻に入った私の母は、感情的レベルの拒否反応を示して、彼女の存在すら認めようとしませんが、私には何の感情もありませんでした。少なくとも憎しみの感情だけはありませんでした。生前父はそんな母に配慮してか、よせばいいのに、彼女には「遺産相続の権利はない」などと遺言書に書いたものだからこじれてしまい、遺留分の減殺請求の裁判になってしまいました。決着が付くまでにまる2年かかりました。ちなみに父の遺言で私がどう扱われていたかというと、会社(つまり小西屋商店)は継げ、墓と仏壇は守れ、(個人がそれまで立て替えていた会社の)未払いの電気代を払え、しかし財産はびた一文やらん、という酷なものでした。私は橋の下から拾われてきたのではないかと本気で思いましたよ。

 もう一つ父の残したものがあります。それは超変形の敷地です。ちょうど蝶ネクタイか鉄アレイのように真ん中がくびれた形の敷地です。片方はぐるりと公道に接して極めて接道がよい角地なのに、もう一方は全く接道のない袋地で、真ん中のくびれの幅が2.7メートルしかありません。このような土地も、路地状の部分でのみ道に接する「路地状敷地」と認定されてしまい、東京都の場合、特殊建築物(集合住宅など)を建てることができません。袋地の部分を諦め、なにも建てずにその分の容積を乗せたものを表の角地に建てることは可能です。しかし道路に収用されたあとの小さな残地ではひょろ長い不格好なものになってしまいます。生かすべきは裏の袋地の静かな環境だと思いますから、何か良いプランはないものかと専門家に相談しようとしましたが、当時思いつく専門家とは大手ゼネコンかハウスメーカーしかありません。で、まあ、いろいろありまして(詳しくは別の機会に)、磯村一司さんという建築家と出会い、敷地を、明らかに路地状でない敷地と、明らかに路地状である敷地とに2分割し、それぞれに用途の異なる建物を建てるということに落ち着きました。従って奥まった部分は2階建てです。私たちの生活水準に即した、身の丈に合った慎ましいものですが、このプランが気に入っています。ここに来るまで3年かかりました。

 話題を変えましょう。先日テレビ局の取材がありました。「ぶらり途中下車の旅。」日本テレビだと2月19日(土)午前9時30分〜10時に放送される予定です。当店は番組最後、エンディングに絡めて紹介されるみたいです。あと、もう過ぎてしまったのですが、1月12日のNHK教育TV「今夜もあなたのパートナー」で、醜い裸体をさらして漢方の薬湯に浸かっていたのは私です。そう、今私が凝っているのが漢方薬です。去年の夏頃から血圧がちょっと高く、医者から減量を命じられましたが、飲み食い大好きでしかも運動嫌いな私ですから、生活習慣はあまり変えずに簡単に減量できる方法はないものかと、幸福薬局の幸井俊高さんに相談したところ、「漢方でやってみましょう」ということになって、試すこと5ヶ月、これまでに5キロの減量に成功し、血圧も正常値に戻りました。今はサイコの根、黄金花の根、カラスビシャクの根、カラタチの実、芍薬の根、生姜、チモの根、石膏、霊芝、田七人参、桃仁の11種類の生薬を煎じて飲んでいます。とってもまずいです。合わせて、漢方のスペシャルオーダー薬湯(ちなみにハマナシの蕾、クララの根、キハダの樹皮、オカゼリの実、ハトムギが入っています)で心身ともにリフレッシュ。古い寺院の中に居るような瞑想的で安心した気分に浸れます。それでもって怒涛のように襲いかかる前述のストレスを何とかかわしています。幸福薬局の電話番号は03-5421-0259です。

 そんなわけですから着工は少し遅れそうです。従って2月一杯はこの場所でやっていけそうです。工事中の営業・仮店舗についてはまた改めてご案内します。

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