神楽坂建築塾修了制作展 論文

神楽坂建築塾を受講して

浅原 久美子(東京都)


昨年5月に開講した神楽坂建築塾も1年近くが経ち、2回の講義を残すのみとなった。この受講していた約1年の間「建築」に対する何かしら新しい視点を得られたようにも思うが、それが何だったのか、今までの講義を振り返り感想を述べながら考えてみたい。


□□□□ それぞれの講義について □□□□

◆1999年5月8日(土)開塾式

 光照寺という神楽坂にある寺の、座布団が敷き詰められた座敷が会場。50人程の幅広い年齢層の塾生の面々(女性も多い)、講師の方々他関係者が集まり、ちょっと圧倒される気がした。今まで、「正当派の建築(なんてあるのか?)」から離れていたので、ちょっと勉強し直してみようかという軽い気持ちだったのだが。近畿地方や九州など遠方から来ている人もいる様子だし。この塾の情報も、「チルチンびと」(何それ!?知らない!−西本さんすいません。)「住宅建築」(ワッ!何年も見たことない!−植久さんごめんなさい。)で知ったという人が大半だったので、私には入り込めない世界かと一瞬たじろいだ。
 アユミギャラリー前の庭で懇親会が開かれ、ちょっと引き気味の気持ちを奮い起こして周りの人たちと話をした。これからどんな塾になるんだろうか。 


◆5月9日(日)◆ フィールドワーク 東京の辺境神楽坂を歩く

 朝9時アユミギャラリー集合。日曜日にこんな早起きをするのは大変だ。「神楽坂・楽々散歩」地図を片手に、横寺・矢来町方面、神楽坂方面を歩く。20数名ずつゾロゾロと歩くのも、狭い道を占拠するようで心苦しかったが、都心にこんな見どころがあることを教えてもらい、後刻、迷路のような町歩きを再度楽しむことができた。「スケッチをしよう」と言われたが、人に覗き込まれるような街角で絵を描くことにとても抵抗があり、呼びかけには応えられなかった。固形水彩絵具の存在も初めて認識した。


◇6月12日(土)◇
「横寺の家」にて坐学 後藤治氏による「登録文化財制度の現状と課題」

 開塾式の時に話題になっていた「横寺の家」で講義をきく。寺子屋風で雰囲気はそれなりに楽しかったが、人数が多く長時間座っているのは大変で、講義も聞きにくい場所があったのは残念だった。後藤さんの話はある集まりで3月にも聞いていたので、今回は理解を深めることができた。国の文化財に対する政策など断片的にしか知らなかったので、話を聞いて頭の中が整理されたように思った。
 後藤さんが理事長になった高崎のNPOは、どのような活動をしているのだろうか。


◇6月13日(日)◇ フィールドワーク 「登録文化財のまちを歩く」(本郷〜根津)

 エコプラン蓑田ひろ子氏の案内で、本郷中央教会、東大本郷キャンパス内、はん亭などを見て歩く。文京区は私にとってあまり馴染みのない地区だが、都心に近い割には現在でも見どころがかなり残っていることに感心した。ただ、見る者にとっては歴史的な建物はもちろん、大正から昭和初期の心を込めてつくられたものは残して又は残って欲しいと思えるが、居住者や所有者にそんな思い入れがあるだろうか、持てるのだろうかといつも疑問になる。根津「はん亭」のご主人の話を少し聞くことができたのは良かったかな。
 フィールドワーク終了後も復習を兼ねて根津〜本郷のあたりを歩いてみた。他にもまち歩きグループがたくさん居た。まち歩き愛好家は多いのだなと意を強くした。(テーマはいろいろだろうけど。)


◆7月3日(土)◆
公開講座「和の視点」大石治孝氏と長谷川堯氏の対談

 開塾式の会場だった光照院の本堂にて公開講座。
 都市開発関係もしくは不動産屋的な仕事をしている私にとっては「住宅建築」は建築の中でも最も遠い部分にあたる。でも、現在の私の住まいは木造軸組構造の「和風」住宅だし、「住宅」や「和」とは何だろうなぁと思いながら参加していた。ただ、普段の問題意識は高くないので、かなり聞き流してしまったように思える。
 会場の「見ておくべきと考える建築は。」という質問への答えとして、大石氏が挙げた奈良県大和郡山市にある慈光院へ、7月下旬大阪方面に行った折りにさっそく拝観してみた。そういえば、学生時代建築史の野外演習で来たことがある。小堀遠州好み・借景(大和三山、大和盆地の眺め)などどいう言葉が頭をよぎる。「見るべき」という言葉に触発されて来てみたけど、広間からの眺めや庭のしつらえに目がいって、建物そのものを見ようとしてもなかなか目から頭に届かない。ただ、お茶をいただき広間で涼んでいると大変くつろげ、豊かなひとときを過ごせたように感じられた。


◇7月4日(日)◇
大石治孝氏による坐学「和の視点−建築と風土、日本建築の特徴」

 昨晩よくわからなかった話も、改めてご本人からスライドを見ながら話していただくと理解できてくるように思った。「大石流」というものもあるのだろうが、ひとつひとつ丁寧に対応された、極めて端正なデザインという印象を受ける。「自然素材」「自然に溶け込む」このあたりがキーワードだろうか。
 講義のあと、7月3日&4日に開催された「まちに飛び出した美術館」のうちのイベントの一つ「白いキャンバスに変わった神楽坂」に参加した。神楽坂に敷かれた紙に落書きをしたり、紙をたどって落書きされた絵を見て歩いたりして楽しいひとときを過ごした。墨で描かれたような魚の絵を外人さんと分け合って持ち帰った。まだ私の部屋の片隅で丸まっているが、そのうちパネルに入れて壁に飾ろうと思う。


◆8月14日(土)◆ 
中村昌平氏による坐学「和紙と建築」

 唐長、まゆ袋、西の内などさまざまな紙とそれを用いた建築の話。
 建築の中の和紙といえば、せいぜい障子紙や襖紙としか思い描いてなかったが、壁紙や天井に貼り畳の縁にも使用すると聞いて、大変驚くとともに何も知らない自分に気がついた。多種類の和紙を実際に触れることができて、貴重な体験をしたようにも感じた。


◆8月15日(日)◆ 
高田洋一氏による坐学「人の傍らに生きる彫刻」

 講師陣は、建築設計者など直接建築に関わる人がほとんどであるなか、彫刻家という異色の存在だった。ただ、「○○像」いった静的で存在感を示す彫刻ではなく、空気の流れ、風のそよぎを感じさせる軽やかなイメージで見る人に安らぎを感じさせる彫刻(構造物?)を制作しているという点で、興味を持てた。また、作品の解説だけでなく、施主を説得するための苦労、メンテナンスの話など実際的な面の話を聞くことができたのも収穫だったと思う。
 講義前夜からアユミギャラリー内に、茶室のような小部屋「森の光」がつくられた。中には畳が敷かれ、屋根に当たる部分は、ギャラリー内のほんの少しの空気の流れに合わせてユラユラと揺れている。夏のひととき、いつまでもその中で寝転がって居たいような、そんな気分にさせられる空間だった。


◇9月11日(土)◇ 
丹呉明恭氏による坐学 「山・職人・住み手」

 実は、私の大変関心があった講義のうちの一つ。
 自然や環境保全に社会的関心が集まっている昨今、保全する主なものは緑=森林というイメージだと思う。その森林の守り手たちが不足してきている中、森林を守る手伝いをしようとする「森林ボランティア活動」も各地で始まっており、私も一時その入り口に足を踏み入れていた。だが、森林の荒廃が始まったのは、林業では生活が成り立ちにくくなったこと、木材の需要・価格が低迷してしまっていることが大きい。林業の経済的な魅力をつける意味でも、住宅に関して、材料の生産者(山)、住宅への加工者(職人)、住宅の利用者(住み手)3者の顔が見えるようにネットワークしていく活動は大変興味深かった。丹呉さんは先日NHKテレビでも紹介されていたが、また話をきいてみたいものだ。
 懇親会の席で、当建築塾の参考にしたという「大工塾」の話も聞く。会社を辞めて大工の道にすすんだ女性もいるとか。「一度の人生、翔んでみるのも大切だよ。」


◇9月12日(日)◇ フィールドワーク 山辺豊彦氏「木構造の再構築」

 朝霞台のモクネットハウス(初雁木材)にて
 まだまだ夏の名残でとっても暑い日だった。講義の部屋は杉材を用いた建物の2階。外の熱気と大勢の人の熱気で、部屋の中はサウナのようだったが、クーラーはなく扇風機で涼をとって過ごした。(おかげで講義の内容はあまり覚えていない。) ほとんど自然の材料で造られた建物の中に居ると、暑さも何となく健康的に過ごせるように感じられた。


◆10月9日(土)◆ 
淵辺懿氏による坐学 「橋・文明と風景」

 橋、それも首都高都心環状線にテーマを絞って、その足下の姿や高速道路が覆ってしまった川の様子などをスケッチを通して語られたことが大変印象深く、スケッチとしてもおもしろい視点だと思った。また、題材となった場所が、現在の職場の近所(新橋)や、小学校5年から高校3年まで過ごした住まいの近くにあった古川であったため、郷愁に似たような何ともいえない気持ちを抱いた。


◆10月10日(日)◆ フィールドワーク 「橋・文明と風景」 青山恭之氏による講評

 永代橋のあたりでスケッチ。天気がとても良くて心地よかった。どうも目でみて頭の中でスケッチした絵と、手が動いて描いたものの間に大きな隔たりがある。我ながら稚拙だ...と思いながらも、何とかそれなりの形はつけられたかなぁと少々自己満足気味だ。
 昼過ぎに常磐橋公園に集合して、みなさんのスケッチの講評会が開かれる。昼食をとる暇がなく、買ってきた弁当を立ちながら食べて、スケッチをながめる。自分の作品?を見られるのは恥ずかしいが、人のものを鑑賞するのは楽しいものだ。帰りがけに飲んだビールがおいしかった。
 青山さんが塾生を連れて歩いたという北品川周辺を、今度は私も巡ってみたいと思う。


◇11月13日(土)◇ 吉田桂二氏による坐学 「環境を軸にして行動する」

 吉田桂二氏については、寡聞にして町並み・民家を描く画家のような建築家という面しか知らなかったので、古河市で大活躍されていることをこの日に初めて聞き感銘を受けた。「環境の中に建物をどう置いていくか」という言葉が印象的だった。
 ご自分でも言われたとおり話をする声は大きくなかったので、せっかくのお話がよくわからない部分も多いまま流れていってしまったのは、残念ではあった。(後日、事務局から講義内容のメモをいただき、ありがたかった。)


◇11月14日(日)◇ フィールドワーク「古河市の町を歩く」

 昨晩の話を受け、吉田桂二氏のワークを中心に、以前出城があったという歴史博物館の周辺を歩いた。吉田氏の設計は、奇をてらったものではなく、上品で落ち着いた印象を受けた。
 前日の講座で吉田桂二さんが言っていた「環境の中にどんな建築を置くか考える」という言葉が気に懸っていた。古河市民と吉田さんの出した一つの解答が歴史博物館周辺なのかと私なりに感じ、天気が良かったこともあって、そのあたりの空間がとても心地良かった。また、鷹見邸では、突然伺った私たち、それも多人数を気持ちよく家に上げて頂き、感謝の念とともに、古河の方に対する印象がとても良いものになった。
 個々の建物をじっくり見るよりは、古河市の持つ「環境」を感じるのに精一杯だったなぁ、というのがこの1日のまちあるきの感想である。


◆12月11日(土)◆ 平倉直子氏による坐学「住宅建築とそのあり方」

 個人住宅の例をいろいろ見せていただく。「ここのま」という言葉を初めて知る。建物自体が「灯り」のような家が多かったように思う。住宅建築の設計者は施主とこんなことを考え話しながら住宅をつくっていくのか..という参考になる話だった。
 講義後は、忘年会を兼ねた懇親会。チャランゴ他ペルーの民族楽器、フォルクローレのライブもあって、良い年の暮れだった。


◆12月12日(日)◆ 公開講座「建築評論の地平」 平良敬一氏と立松久晶氏の対談

 午前中は修了製作の相談会。塾生の皆さんはいろいろなことを考えているようだけど、私の場合、何でも良いとなるとテーマが広すぎて絞れないし、ウ〜ン、と悩んだままで終わってしまった。この半年あまり、建築の中でもあまり馴染んでいなかった分野に触れることになって、好奇心をふくらませたまま、まだ収束させる方向には気持ちが向かない。とりあえず、この勢いで来年度も建築塾に参加することにした。
 午後の公開講座は所用のため、欠席した。


<<2000年1月は休講>>


◇2月12日(土)◇ 
坐学 大橋富夫氏による「日本の民家と中国江南水郷の民家」

 少々遅刻して途中入場したら、スクリーンに大きな屋根が映っていた。はじめは事態をうまく飲み込めなかったが、講師の淡々とした語り口と映像に思わず見入ってしまった。
 第二部は昨年末の番外編中国旅行のスライドを見る。塾生の姿もあって、知らない町の風景も妙に近しいものとなった。


◇2月13日(日)◇ フィールドワーク 戸張公之助氏、伊郷吉信氏「民家から何を学ぶか

 川崎市生田区にある日本民家園をガイド付きで見学したようなものだった。自分たちだけで見ていたら、良く知らずにただ、ホ〜ッと言いながら眺めているだけになっただろう。朝10時ごろから休みもとらず、午後1時すぎまで見学し続けさすがに疲れた。
 寒い中、民家園の入場者も考えていたより多かった。懐かしがっている人、珍しがっている人いろいろなようだが、見学者はどんなことを考えているのか大変興味があった。


戻る