神楽坂建築塾 第二期 修了論文

環境にも人にもやさしい家づくり

  池田 和世

■はじめに

昨今、ハウスメ−カ−等でさまざまな工夫を重ねているが、いっこうに静まるけはいを見せない「シックハウス症候群」。また、地球規模での環境破壊が叫ばれている。これからは人にも環境にもやさしい家づくりを行わなければならないのではないか?そんな思いを抱いて入塾した「建築塾」であった。その「建築塾」で、安藤邦廣氏の「板倉の家」と高橋昌巳氏の「土壁を使った家」の存在を知る。実際に住んでいらっしゃるお宅にお伺いする機会を得たので、住まい心地を尋ねてみた。
 

■シックハウスについて

 シックハウスとは室内の化学物質汚染やダニやカビによって健康に被害を与えるような住宅である。シックハウスによって引き起こされる健康障害をシックハウス症候群と言う。シックハウス症候群には、目がチカチカする、鼻が痛くなるなどの症状のほか、アレルギ−がひどくなったり、今までなかった人にアレルギ−が出てきたりする。記憶障害・言語障害・頭痛・腰痛・慢性疲労・不眠・吐き気・食欲不振・イライラして怒りっぽくなるなど多岐にわたっている。

 原因は合板などの接着剤に使われるホルムアルデヒドなどの化学物質が原因と考えられている。

 シックハウスへの作り手の対応であるが、意識的に配慮しない人達はいるが、配慮している人達は、できる限り自然素材建材を使うグル−プと、大手建材メ−カ−の対応の範囲内でレベルの高い建材を使うグル−プとに分かれる。今回住まい心地をお尋ねした二軒のお宅は、いずれも自然素材建材を使っている。

  

■地球規模での環境破壊とは

オゾン層の破壊・地球温暖化・森林破壊・酸性雨・海洋汚染・廃棄物・砂漠化等地球規模での環境破壊が起こっている。

*オゾン層について

1980年初めに、成層圏のオゾン濃度が急激に低下していることがわかってから、年とともにオゾンホ−ルが拡大している。原因物質はフロンおよびフロンガスである。   

*地球温暖化について

 地球全体としての地表付近の平均気温は15℃、そして過去100年の間に約0.5℃上昇したとされているが、最近は上昇速度が高まっており、21世紀終わりまでに3〜5℃の上昇があり得るとも言われている。

温室効果ガスの濃度が増えると、地球の保温性が高まって、気温が上昇する結果となる。温室効果ガスとしては、二酸化炭素・メタン・フロン・亜酸化窒素などがあげられる。中でも二酸化炭素はその影響がもっとも大きい。しかも、燃料を使っている限り、発生を止めることができない。

*森林破壊

植物は葉の光合成作用によって、空気中の二酸化炭素を固定する作用がある。だから、大気中に拡散してしまった二酸化炭素を取り除くには、森林を育成しなければならない。現実には、商業的伐採・燃料としての伐採・家畜による食害などによって減少を続けている。このままでいくと、開発困難な地域を除いてすべての熱帯雨林が2020年頃には消滅してしまう。

*酸性雨

1970年代に北ヨ−ロッパで湖沼水の酸性化による魚の死滅、樹木の枯死、構造物の腐食、劣化などが報告されてから、酸性雨は深刻な問題となった。燃焼排気の中に含まれている二酸化硫黄、窒素酸化物は、空気に放出されてから複雑な化学変化を経て、最終的に硫酸、硝酸に変化する。これが雨水に溶け込んで強い酸性の雨となる。

 

たくさんの丸太と土壁を使った・M邸にお伺いして

伝統的な土壁と、最初から用意されたのではなく、出会いの中から使い道を考えていった木材を使った家。ご夫婦と小学生を筆頭に3人のお子さんの5人家族であるM邸を12月に訪問した。

玄関を開けると、広い土間がある。

直径2mほどの欅の木がそびえたっている。

半分は使い道が決まっていたが、残りの半分は使い道がなく、M邸に運ばれてきた。

樹齢800年位らしい。週末にきて、家族みんなで腐っているところを削ったり、磨いたりした。

@ この家を建てたきっかけ・理由

最初はハウスメ−カ−に依頼。打ち合わせをしていく中で、中は新建材だらけとか、なんだかしっくりしない部分があった。その上、内装は壁紙をやめて木を張ろうとしたらとても値段が高くなったり、囲炉裏をつけたいと言ったら笑われたりとかだんだん意思疎通ができなくなって、設計者の高橋さんに依頼することに。以前から伝統的な家だとか自然素材の家だとかに興味があって設計者の高橋さんの存在は知っていた。

今回思い切ってTELして見るとトントン拍子に事が運んだと言う。

最初から、ここにはこの材木を使おうと決まってスタ−トしたのではなくて、時間の流れの中でこの材木もどこかに使えないかと。3mもの2本でしたので、大黒柱には使う予定で持ってきたのではなかったのです。大工さんもセオリ−に反するみたいでしたが。

(1階の広間にあるカエデの大黒柱)

A冬の寒さや夏の暑さについて

「天井が高いので、暖めるだけでも時間がかかる。でも、冬は寒い。夏は暑い。それは気候だから、あたりまえだとおもっている。寒いときはスト−ブの数が増えるが、夏はかなり涼しい」という。ク−ラ−はないそうである。
(2階の子供部屋の窓を開けると、川のせせらぎが目に飛び込んできた。気持ちのいい空間である。夏にはここから、爽やかな風が吹き込んでくるのだろう。)

B結露はありますか?

結露は全然ないという。雨がひどいとき、障子紙がゆがむぐらいだという。

 

柿渋を塗るとか、土間に水を打つとか手を入れないといけない部分は相当ありますが、(ご主人がなさるのですか?それとも奥様がなさるのですか?)の問いに

家族みんなでやると言う答えが返ってきた。

子供たち2人は、まだ赤ちゃんである一番下の子の面倒を見ているという。

C掃除は大変ではありませんか?(梁を指差して)

「そこの梁のまん中あたりまでは掃除できるのですが、その先が掃除できないのです。時々、たかぼうきでやっています。冬はやっぱり、スト−ブつけると、みんなほこりがあがってきますね。.でも、楽しい」と言う。

台所の油汚れについてについて質問すると、

コンロの周りは、ステンレスを張ったほうがいいと言われているという。でも、汚れがなじんでしまっているのか、あまり気にならない。汚れている様には見えないのである。床は多少黒っぽいが、汚れているというより、いい色という感じ。そこは柿渋を何回も塗っているそうである。


土壁に家族の記念の手形

左官屋さんが簡単に塗っているので、塗らせてもらったんですよ。やるっていったんだから、お風呂場とタイルはやりなって言われてすごく大変だった。

 

Dデザイン・その他で工夫された点など

図面を見て、土間の位置と和室の位置を入れ替えてもらっただけで、あとは変えてもらってないという。「家は間取りの問題ではないですからね。土間があって、田の字形というイメ−ジがあって、出来上がってきた図面を見たらほとんど同じだった。」そうである。

E今の家に住んでから、変わったことがあれば

「カチッとしたものが良しと言う考えがなくなりましたね。この家見ても隙間だらけですしね、木が動くので合わさっているところがずれたりっていうのもあるんですよ。あ、これが普通なんだと。はたち二十歳ぐらいのときは、木よりプラスチックや金属の方が優れていると思っていた。

でも、プラスチックや金属は恐らく年数と共に劣化していく部分があるし、木は傷もまた、美しく古びると言うか。」と、ご主人。

 

 

板倉の家・U邸にお伺いして

(板倉とは厚い無垢の木を重ねて作る木造の倉。昔から穀物などを長く保存するために利用されてきた。)

規格材を使って、コストダウンを図っている。

(写真は、全て建設中の板倉の家である。)

ご夫婦と小学生2人の4人家族であるU邸に2月末に訪問。まだ入居して3ヶ月位だという。


建設中の板倉の家


4寸角(12cm)の柱に縦溝を彫り、柱と柱の間に厚み1寸(3cm)幅4.5寸(13.5cm)の板を次々と落とし込む。

 

@この家を建てたきっかけ・理由

最初は、地元の工務店で建てようと思っていたが、自然素材の家を建てたかったという希望に合わなかった。雑誌を見て、資料を請求すると、和風の家を建てたい、自然素材の家を建てたい、という希望に合ったという。  


丸太の梁

いかに強度を出して、木を無駄なく使うかが、徹底的に考えられている。

木を無駄なく、エネルギ−コストを下げて使うには、繊維を切らない丸太がいちばん、その次が厚板.という。



床と屋根には炭の粉と珪藻土を使っている

A冬の寒さや夏の暑さについて(2000/11に入居。まだ夏は未経験)

暖房は家全体で薪スト−ブのみ。前もって暖めたいときとか、子供だけのとき、石油ファンヒ−タ−を使うという。ちなみに、今年の冬は20リットル買って、まだ7リットル残っているそうである。夜、薪スト−ブの残り火があるが、朝起きたときは14度ぐらいとのこと。

「寒い時期、18度ぐらいまでしか上がらないが、寒いと感じない。温度と体感温度は違うのでは。」(実際、お宅にお邪魔したのが、夕方6:00〜8:00ぐらいの間だったと思うが、外はとても寒いのに、寒さを感じなかった。むしろ、普通の家で暖房をしていると、上半身は暑いのに、下半身は寒いと言うようなことにもなりかねないが、そのようなことのない心地よい暖かさであった。)

高気密・高断熱でないので、隙間風が入ってくると思うが、気にならないそうである。


屋根には熱を逃がすための通風の工夫もなされている。

B結露はありますか?

 「結露はないです。ガラスが白く曇ることもないです。」

 洗濯物は室内に干すと、朝干したときは夕方までに乾き、夕方に干したものは、翌朝までに乾くという。

  

C掃除は大変ではありませんか

掃除は特に大変だと感じないという。むしろ、家事を楽しんでいるようにも見えた。

Dデザイン・その他で工夫された点など

照明の位置であるとか引き戸の形とかの

細かいことについての注文は出したが、基本的には、越屋根であるとか、吹き抜けがあるとか、板倉の家のエッセンス(機能)であると思っていたので、それについては、注文はださなかったという。


浴室などの水周りは、
湿気に強いサワラやヒノキを使う。

「自分が思っている以上の家ができました。ほかの家を見てもうらやましいとは思わないし、ほかの板倉の家を見てもうらやましいとは思わない。100%満足している。」とご主人、「木の香りがする・越屋根に登って、日の出を見ることができる」と上のお子さん、「梁が出ているので、家の中何処にでも、洗濯物が干せる。外も、物干しが必要と思っていたが、縁側の上のほうに干せる。これが、予想外のことであり、とてもうれしい。階段の勾配がちょうどいい。子供たちが、階段を机と椅子代わりにして遊んでいる。それから、外にあるデザインされた筋交いが風を通すが、雨よけになっているので、外の納戸のようになっているので、とても便利。」と奥様。

Eこの家に住んでから、変わったことがあれば

 子供のアトピ−がかなり軽くなり、乾燥はしても、以前のように引っかき傷を作ることがなくなったという。そして、薪の片付けとか台や引き出しを作るとかご主人の家の仕事が増えたそうである。でも、それはうれしい変化のようである。

 

■最後に

 U邸もM邸もうらやましいほどに、木をふんだんに使っていた。最初からどこにどの木を使うか全く決まっていなくて、木との出会いの中で、使う場所を決めていったM邸、ドラマチックな木との出会いと共に、私たちの想像以上にコストを下げる事が出来たのだろうと思う。

 U邸も規格材の杉材などを使うことによって、大工手間も最小限に抑え、コストを下げている。決して手の届かない建物ではないのだろうと、うれしくなった。

 U邸もM邸も高気密・高断熱でない伝統的な木組みの家であるが、日本の土壌にあった現代版民家として今の生活スタイルに合うようにデザインされている。

 また、木は燃やした時と腐った時に二酸化炭素が発生するが、木材をできるだけ長く使うことによって、それだけ二酸化炭素が発生しないことになり、環境にも優しくなる。金物を使わない伝統的な木組みは木材を長持ちさせ、また木材の再利用も可能になる。   

 家を建てようと思ったときに、こんなに良い条件のそろった家作りを、ぜひ選択肢の一つの中に入れて欲しいと思う。

 U邸の家族の皆さんもM邸の家族の皆さんもとても幸せそうだった。こんな家がたくさん建って、そこに住まうことができたら、世の中を騒がせている最近の中・高校生の残忍な事件なんかなくなるのではないかと思った。そんなほのぼのとした暖かさがU邸からもT邸からも伝わってきた。

 もちろん、シックハウスなんて無縁でしょう。一生懸命、手を入れることによって、木はいっそう長持ちする。限られた資源を有効に使うことができるのだ。ク−ラ−を使わない、暖房を最小限に抑えるということは地球の温暖化防止のためにもいいことである。T邸のご夫婦のお話しを伺いながら、もう一度考えてみる価値のある言葉だと思った。「冬は寒い、夏は暑い。」確かにそうなのだと思う。

 今回U邸とT邸にお伺いして、大きな感動を頂いた。今後、このような家づくりにかかわっていくことが出来たら、幸せだと思う。

                                  2001年3月

 

 

<参考文献>

チルチンびと11号          風土社
木の家に住むことを勉強する本     濃文協
新しい住まいの設計2001/3号     扶桑社
建築知識2001/3号    (株)エクスナレッジ
住まいの複合汚染          三一書房
建築士の役割と技術  (社)日本建築士連合会

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