『本物の家づくり・まちづくりに求められる新しい視点』

                             神楽坂建築塾 第2期生

                                   村田 輝夫

 

■働きかけの家づくり、まちづくり      

 ・私は長くゼネコンのデベロッパー部門に所属し、開発用地の取得、マンションや戸建住宅

  の開発企画、商品企画、分譲事業など、いわゆる住宅開発事業に携わってきた。

 ・これらの業務は、建築や土木の請負工事が本業のゼネコンにあって本業外の分野・部門であ 

  り、造注、創注と言って、宅地造成やマンション建設工事などを自ら創り出すという使命 

  を負った部門である。

 ・一般的に請負工事は、営業や入札などによって受注されるが、あくまで相手次第のところ

  がある。しかし、造注、創注は自ら先行投資をし、リスクを負って土地を取得したり、宅

  地開発を行い、自社の土木工事や建築工事を創り出すことである。

 ・このようにして創り出された土木工事や建築工事は、他の請負工事と合わせて受注高や売

  上高に計上することができるとともに、マンション分譲事業や戸建分譲事業として開発事

  業の売上高にも計上することができる。このことから、昭和40年代後半から大手ゼネコ 

  ンのなかでデベロッパー部門を持つところが多くなり、その実績において専業大手デベロ

  ッパーと肩を並べるところが出てきた。

 ・しかし、昭和40年代後半から二度に亘ったオイルショックの時の教訓も生かせないまま

  (ほんの一部、オイルショックで手痛い失敗をしてこれに懲りて教訓を生かした企業もあ

  る)、ゼネコン、デベロッパー、ハウスメーカーまでもが、都心土地の地上げや買い漁り、

  遠隔地での宅地開発、リゾート開発に走り、平成2年のバブル崩壊以降、今日もなおその

  後遺症の処理に苦悩しているのは周知のとおりである。

 ・前置きが長くなったが、デベロッパーやハウスメーカーはエンドユーザーに対し住宅を供

  給することを主な業務としている。

  市場調査の手法を駆使して、地域ごとの特性やニーズを徹底的に調査分析した上で、商品

  企画、価格設定が行われる。いわゆる、その地域、住宅市場において売れるであろう商品

  (この時点では家とか住まいとはあまり言わない)の企画をし、広告宣伝活動を通じて販

  売を行っている。

 ・分譲住宅の販売価格は通常以下のようにして決められる。

   販売価格設定方法その氈i*原価積上げ方式)

     販売価格=原価+諸経費+金利+利益

          

   販売価格設定方法その(*マーケット方式)

     販売価格=市場調査結果によって出された、売れるであろうと想定される価格

 


 ・通常はの設定方法で決まるが、このマーケッタブルな価格の上限を目指して、販売部門、

  販売会社の担当者と熱い議論を交わすことになる。なぜなら、この価格設定次第で事業収

  支上の利益が変わってくるからである。

  マーケッタブルな価格や、販売部門、販売会社のは販売受託可能な価格が低い場合には利

  益が下がってしまう。この場合、利益を少しでも多く確保するため(当然最初から赤字の

  場合もある)商品にかけられるコストを削り、それによって性能や仕様などが落とされる

  ことが多い。 

  しかし商品の競争力上どうしても商品自体の性能や仕様を落とせない場合は、ハウスメー

  カーや下請企業にそのしわ寄せが行くこになることが多い。

 ・また、外観などの見てくれや設備機器などの仕様をそのまま落とすと売りにくいため、一 

  見見映えの良い建材や設備機器が使用されたり、無垢材や本物ではないプラスチックや塩

  ビ製品、集成材、チップ材などが使われることが多い。

 ・デベロッパーがハウスメーカーなどに数棟から数十棟、数百棟単位のロットで工事を発注

  する場合は、相当厳しいコストダウンの要求をするため、ハウスメーカーとしては建材な

  どの仕様を落とすことはもちろん、より安い下請け業者に発注するため、仕事自体の質が

  落ちたり、現場の管理が行き届かないことが多く、不具合や瑕疵が生じ易い。しかしエン

  ドユーザーは、販売業者や施工者が大手デベロッパーであったり、大手ハウスメーカーで

  あったりすることで信用してしまいがちである。

 ・しかし、デベロッパーやハウスメーカーの果たす役割やその職能の面を考えてみた場合、

  伝統構法の継承や本物の家づくりといった点で大きな役割が期待できる側面がある。

  以前からの「HOPE計画」や、林野庁や地域自治体などの主導によって進められている

  循環型社会建設を目指した、「地域木材資源を使った家づくり運動」には、まさにデベロ

  ッパーの発想が必要になる。

 ・家づくりを商品として捉え、利潤を追求するといった、従来型でデベロッパーやハウスメ

  ーカーの発想から脱却し、デベロッパーの機能、職能という側面に注目し、国や地域の自

  治体などと一緒になって、また良好なまちづくりや家づくりを目指す地域の都市計画家,

  建築家、まちづくり活動家などと一緒になって、さまざまなまちづくり手法を取り入れな

  がら、本物の家づくり、まちづくりの担い手になっていける可能性を持っている。

  これによって、住文化の継承、まちづくり、そして循環型社会建設への足がかりになるの  

  ではないだろうか。

 ・これからは、デベロッパーやハウスメーカーが地域の建築家やまちづくり活動家の方々の

  力を借りながら一緒になって家づくりやまちづくりをしたり、また逆に建築家やまちづく

  り活動家の方々がデベロッパーやハウスメーカーの力を借りながら本物の家づくりやま

  ちづくりを実践していくことが必要ではないだろうか。


 ・伝統構法の継承や本物の家づくりを目指すとき、従来の建築家、設計事務所、まちづくり

  活動家、デベロッパー、ハウスメーカー、工務店などがそれぞれ単独の発想の下に活動す 

  るのではなく、小さなまちづくり運動に広げ、土地や建物など不動産の有効利用を考えて

  いる地権者の方々に積極的に働きかけるなど、伝統構法の継承や本物の家づくりに根ざし

  たまちづくりを目指すべきである。

 ・具体的には、定期借地権や定期借家権制度などを利用し、地権者から借地し、そこにまち

  づくりを意識した本物の家づくりをし、少しずつ地域を広げていく。これが成功すれば大

  きな運動に発展していく可能性がある。

 ・そのためには、都市計画家、建築家、まちづくり活動家、造園家、法律家、不動産業者、

  デベロッパー、ハウスメーカーなどの各分野の広い視野を有するまちづくり・家づくりコ

  ーディネーターが各分野の専門家との協働のなかで運動を広げていくことが必要である。

 ・今求められているのは、過去の点や単体での身勝手な家づくりの発想から転換し、家づく

  りを通じて面としてのまちづくりとして捉え、積極的に創り出していくことである。

  小さなまちづくり運動のなかから、住文化の継承や本物の家づくりを目指していきたい。

 

 

 

 

 

 

 


■借景から貸景・貢景へ -町並み環境インセンティブ-

 

 ・私には、自分の住む町が美しい町並みや景観を有して欲しいという強い願望がある。裏返

  して考えるとそれが実現できていないということである。

  美しさに対する憧れが強ければ強いほど、その現実とのギャップに愕然とし、無力感を感

  じることが多い。

 ・まちを歩きながら廻りを見回すと、町並みや景観がバラバラで、眺めていて少しも美しく 

  なく、したがって楽しくなく、心も安らがない。

  木造の家、鉄筋コンクリートの家、鉄骨の家などさまざまな材料で造られた、さまざまな

  形の家が雑然と建ち並び、ところどころに街路樹や庭木などが植栽されているのであるが、

  なんとも味気ない風景である。さらに、家の顔となる玄関を派手なタイルで装飾した家、

  外壁を周辺とはまったくマッチしない原色で飾り立てた家など、まるでチンドン屋さなが

  らの形や色彩の家が並んで、それぞれの家が勝手な主張をしている。

 ・その雑然とした町の中で、高く閉ざされたブロック塀の穴明きブロックの隙間からなかを

  覗いて見ると、その狭い限られた空間だけがきれいに手入れされているのよく発見するこ

  とがある。自分だけの大切なものを他には隠してきれいに手をいれ、鑑賞して満足してい

  る家がなんと多いことか。これらの家にかぎって家の外部や周辺に気配りをしていないケ

  ースが多い。

 ・町は、個々の住まいや、町に必要なさまざまな施設が集まって成り立っているが、いくら

  公共施設や公園などを整備しても、多くを占める個人の家家が、〃自分さえ良ければ〃、

  という発想でできているとしたら町は決して美しくはならない。

 ・昔から日本には、家を建てたりするとき、「借景の理論」というのがあって、遠望できる海

  や山、近隣や隣接地に美しい風景や施設などがあった場合、我が家の景色として家づくり

  の計画に積極的に取り入れるという手法が取られてきた。この理論は、昔から生活に自然

  を取り入れてきた日本人の生活文化に根ざした考え方ともいえる。

  この「借景の理論」はあくまで他から借りるのであって、他に対して自分のものを貸し与

  えるという発想はない。

  したがって、他から借りるものだけ借り、自分のものは他に貸し与えることがなく、周辺

  地域を良くするために自らが貢献しようという発想は生まれてこない。家のつくり方や庭

  のつくり方にこれが表われている。

 ・日本では、国土や人口に比して宅地となる土地が少なく、土地の値段も高いため、できる

  だけその狭い土地を自分だけのために有効に使いたいという事情もわかるが、自分だけは、

  法律的にも、物理的にも敷地をぎりぎりまで有効に使って家を建てたいと思っていながら、

  隣人にはできるだけ敷地に余裕を持って建てて欲しいという、自分勝手で虫のいい考え方

    が多い。


   皆がこのような考え方しか持っていないとしたら、美しい町並みや景観を築いていくこと 

  など到底無理だろう。このような環境のなかでは、美しい町並みや景観どころか、ろくな 

  人間関係や近隣関係が築けないだろう。

 ・この問題の解決方法としてこんな考え方はどうだろうか。

  「借景の理論」から「貸景or貢景の理論」への発想の転換である。

 ・皆の町のために、道路沿いのブロック塀を生垣にし、庭の草木や樹木、四季の草花の彩り

  をちょっとだけでも開放するといった、ちょっとした配慮や心づかいによって町に潤いや

  安らぎを与え、美しい町並み景観につながっていく。

  これによって、町並みや景観が美しくなるだけでなく、町の中に豊かな人間関係も築いて

  いくことになるのではないだろうか。

 ・美しい町並みや景観づくりに、伝統構法の家などの骨組みや構造体そのものの美しさ、ま

  た漆喰などの塗り壁や瓦屋根などの清楚な美しさが加わったらどんなに素敵だろう。想像

  しただけでも楽しくなる。

 ・日本ではなかなか難しい点も多いが、個人の家づくりにおいても古い歴史のあるまちだけ

  ではなく、ごく普通のまちでも、「貸景」や「貢景」への発想の転換によって、町並みや

  景観の向上に寄与した家には「町並み景観インセンティブ」などを与え、地域に住まう人々

  皆が競って運動に参加し、行政と一緒になって美しい町並み景観や潤いのある人間関係や

  近隣関係を築いていくべきではないだろうか。

 

                本当の快適さとは

・本物の家づくりを考えるとき、伝統構法の継承や住文化を守るために環境共生住宅や自然

 素材による家づくりを行うのではなく、環境共生住宅や自然素材による家づくりを実践し 

 ていくことが、結果として伝統構法など日本の住文化を守っていくことにつながっていく

 という発想が正しいのではないだろうか。

 ・私自身、住まいのつくり手側として、伝統構法の良さを取り入れ、骨組みや構造体そのも

  のの美しさを訴えていくとともに、自然循環してすべて土に還る素材を使った家づくりを

  目指し、住まい手側としても、快適さを多少我慢しても、自然素材だけを使った本物の良

  さを優先した生活をしたいと思っている。

 ・快適さの基準は人によってさまざまで最大公約数的には決められないが、少なくとも自然

  を友として、四季の移り変わりを五感で敏感に感じながら生きていくということを心がけ

  ていきたい。これが日本の住文化を守ることであったり、日本という自然に恵まれた風土

  に生まれ育った日本人としてのアイデンティティーを守っていくことに他ならないと考  

  えている。

 ・日本は世界地図で見ると「北半球にある唯一の大きな島国」であり、夏はかなり暑いが熱

  射病で死ぬほどの暑さではなく、冬は寒いが一部の地域を除いて凍死するほどの寒さでも

  なく、1年中おおむね過ごしやすく、四季それぞれに美しい自然の姿を見せてくれる、世

  界でもまれな自然に恵まれた国だと言われている。


 ・日本の住まいは、この恵まれた自然を巧みに生かし住まいに取り入れてきた。このような

  恵まれた季候条件のなかで、厳しい自然との戦いの中から生まれた城砦のような堅固で

  閉鎖的な北欧風の高気密・高断熱の家づくりをする必要はないのではないだろうか。

 ・〃住まいは夏を旨としてはいけないのか〃

  高気密・高断熱で全室冷暖房完備の家は、確かに家の外が暑かろうと寒かろうと一定気温

  を保つことは、人間の体にとって温度差がなくて、それを快適だと感じる人もいるだろう

  が、それが本当の快適さとは到底思えない。

 ・我々日本人は、暑い夏には家を開け放ち、縁側に家族が集まって夕涼みをしたり、寒い冬

  には居間の囲炉裏やストーブの廻りに家族が集まって、体を寄せ合って暖を取りながら家

  族団欒の時を過ごしてきた。そしてそれが家族としての絆を強める役割を果たしてきた。

 ・確かに高齢者や障害者を抱えた家庭では、病気やハンディキャップを持つ家族のために是

  非とも必要な場合もあろうが、高気密・高断熱で全室冷暖房完備の家を快適と考えている

  家庭では、家族皆が各々の部屋に閉じこもり、家族が寄り添って団欒の時を過ごしながら、

  家族としての絆を強めていくということがなくなってしまうのではないだろうか。      

  快適と錯覚した家づくりが、かえって家族関係を危うくすることもある。

  ここでもう一度、家づくりと家族のあり方について考えてみる必要があるのではないだろ

  うか。

 ・地球温暖化や環境破壊という大きな問題に直面している今日、人間の住まいにとって〃本

  当の快適さとはなにか〃について改めて考えみる必要がある。

                                   以   上