神楽坂建築塾 第二期 修了論文

手作り木製家具の制作を通じて、素材である“木”を認識する試み

  AC−0046 山縣 靜

■はじめに

 石とレンガに代表される堅牢な印象の強い西洋に対して、我が国は木と紙の文化といわれている。聖徳太子とゆかりの深い奈良の斑鳩にある法隆寺は、現存する日本最古のいや、世界最古の木造建築物が残存する寺院であり、また、国宝である五重塔は世界遺産のひとつとしても登録され、その価値は揺るぎないものとして内外から高い評価を受けている。

 1300年以上の時を経てもなお、同じ場所に同じ状態で同じ建築物が存在し、我々がその場に立つことのできること事態が、まるで奇跡のように思える。法隆寺には、国宝・重要文化財に指定されている建築だけでも50棟以上が立ち並び、その他、素晴らしい彫 刻、絵画、工芸、書など枚挙にいとまがないほどだ。まさに生きた日本美術史を目の当たりできる恰好の場所といえよう。

 私が最初に法隆寺を訪れたのは高校生の頃であったから、もうかれこれ20年以上も前のこととなる。大学生時代は「美術史研究会」というサークルに所属し、年に2回は京都と奈良にゼミ旅行へ出かけた。今でも足繁く京都・奈良方面に行っては寺院・仏閣巡りをしているが、その素晴らしさは決して色あせることはない。私の建築への興味の原点がここにある。

 今回、神楽坂建築塾に入塾し、先生方の講義やフィールドワークを通じて、日本各地に現存する木造建築や、改築・再生されつつある民家などの魅力に触れることができた。また、いかに“木”が、豊かな自然と共存する我が国の文化や気候に即した素材であるかということも再認識できた。

 さらに、倉敷で行われた楢村先生の講義を聞き、いろいろな現場を見学して、建築とインテリアとの関係について大変興味を持った。建築におけるインテリアの存在を無視することは不可能である。部屋の中のどこに何を置くか……。照明や家具を変えるだけで、その印象は一変する。和風に演出するのか、モダンな雰囲気を醸し出すのか、スタイルを決定する上でインテリアは欠かせない要素のひとつだ。昨年、インテリア関連の雑誌の仕事をしたこともあり、家具の面白さに目覚めた私は“木”の素材としての特性を把握するために、手作り木製家具の制作を試みることにした。

 これは、その制作過程を追うことにより、“木”を理解するリポートである。

 良質な自然素材にこだわり、オーダー家具を製作&販売しているソリウッド相模湖工房に通って、私は小ぶりの木製のイスを作ることにした。

クリ材 W400×D400×H580 SH400(図面参照) クリアウレタン塗装仕上げ

   

◆作業工程 1◆

●材料(クリ材)と大工道具を揃える。 

・座面用と板脚用、笠木、丸棒、貫の部材

・カンナ、小カンナ、ノコギリ、ノミ(三分、六分、1寸2分の3本)、玄能(金槌)、ケヒキ、スコヤ、砥石など(PHOTO1)

 これまでに金槌で釘を打ちつけるくらいしかしたことのなかった私は、まったくといっていいほど道具の扱いに慣れていなく、初めて手にする物も少なくない始末。不安になるが、カンナの台と刃を調整し、ノミの冠部分を付け替え、玄能に楔を打ち込むなどの仕立て作業をして(PHOTO2)、ようやく自分の道具であるという実感がわいてくる。

●座面と板脚をはり合わせる。 
 イスの座面(3枚)と板脚(2枚)の材を幅方向にはり合わせる。木表と木裏を交互に組む。木目の美しさを意識してはぎ方を決める。今回は木端と木端を接着させるイモハギをしてハタガイで締めつける。思ったよりも部材はずっしりとした重さがある。

●座面と板脚にホゾ穴を開けるためのスミつけをする。
 コンマ何ミリまでも意識してスミつけする(PHOTO3)。穴は緩すぎてもきつすぎてもダメ。ここで狂うと全体の構造に響くので、慎重に印を付ける。穴を開ける部分には斜線を引いておくと分かりやすい。

●ホゾ穴をノミで開ける。
 この作業はノミと玄能を使って行う(PHOTO4)。その前に、ノミを砥石で丁寧に研ぐ。切れない刃物での切削は材料や刃物自身にダメージを与える。また、余分な力を必要とするので、研ぐほうが早くかつ、きれいに仕上がる。

作業を円滑に進め、美しい仕上がりにするためにも道具の調節は大変重要だ。上手にノミを研ぐのはなかなか難しいが、女性の場合は男性と比べて玄能を叩く力が弱いので、切れるノミを使うことが効率を良くするとのこと。ちょっと切れ味が鈍ってきたら、すかさず研ぐ。それでも、座面に8個、板脚2個のホゾ穴を開けるのは重労働だ(PHOTO5・6)。汗だくになって作業をする。

●ホゾを作る。 
 板脚部分にノコギリを使ってホゾを作る。ホゾ穴に対しホゾが緩いとイスの構造が弱くなるので、少しキツイくらいのほうがいい。木の繊維が裂ける方向に作るとホゾは壊れてしまう。木の特性を知ることも大切だ。ケヒキでスミつけし、ノコギリの歯が入りやすいようにする。
 座面と板脚をつなぐ貫ホゾは材を3方からカットして作る。 
 ホゾがホゾ穴に上手く入るかどうか試して、不備があったらホゾ穴を調節するほうがいい。

◆作業工程 2◆

●板脚と貫を仮組みする。 
 イスの板脚と板脚との間を通す貫は通しホゾで組み、楔を打って抜けないようにして強度を出す。仮組みし、板脚に貫が入るかどうか確認する(PHOTO7)。私の場合はホゾ穴が少々大きすぎてしまった。後で修正の必要あり。

●座面と笠木(背もたれ部分)の穴開け。
 ハンドドリルを使用。垂直に立てて回し開けるが、真っ直ぐに開けるのは難しい。

●丸棒を削る。 
 イスの座面から丸棒が立ち上がり、そこに背が付く構造になっている。 
 まずは、座面と笠木(背)に入り込む丸棒を作る。丸ホゾは木口に円のスミをつけてノコギリで大まかに切り落とす。さらに、ノミを使って木口面のスミの通りに少しずつ角を落として円柱に近づけ、仕上げは金ヤスリで円柱にする。 
 外に見える部分を丸棒にするには、四角の材4つ角を小カンナで削って正確な八角形にする。さらに、その角を削って丸くする。つい削りすぎてしまったり、カンナの刃の跡が残ったりで均一に丸い棒状にはならない。 
 脚の部分に三角形に切り込みを入れて畳ズリを作る。こうすれば畳の上での使用も問題ない。細やかな配慮がなされている。

●仕上げの加工。 
 部材の加工が完了したら仕上げ段階にはいる。 
 座面の四隅に大きなアールをつける。15Rに面を取るには、スミをつけノコギリで余分な所をカットし、カンナをかける。その際、一方向からカンナをかけると木がめくれてバリバリに剥がれてしまうので、必ず二方向からかけるとのこと。 
 背部分にもアールをつける(PHOTO8)。 大まかな面取りができたら、細部も面取りを行う。カンナをかけて角を取る。

●楔を作る。 
 イスの板脚と板脚をつなぐ貫に打つ楔と、イスの座面に通る丸棒に打つ楔を作る。 
 薄い板の先端を尖らせるようにカンナで削り三角形の状態にし、必要な長さよりも心持ち長めにカットする。

 

●組み直前の最終工程。 
 仕上げに、水を浸したハケで座面や板脚などを濡らし、加工作業の途中でへこんだり潰れた部分の木の繊維を、全部一度立ち上がらせて、表面が乾いたらカンナをかけて表面を滑らかにする。水を含むと脹らむ木の性質を生かした工程だと感心する。かなりへこんでしまった部分でも、この工程を経てずいぶん目立たなくなった。しかし、繊維が切れてしまうほどの大きなダメージを受けた部分は、残念ながらこの方法でも回復しない。
 その後、サンドペーパーをかけて素地調節は最終となる。

●イスの組み立て。
 まず、2つの板脚同士を貫でつなぐ。貫の通しホゾには楔を打つ(PHOTO9)。私はホゾ穴を大きめに開けてしまったため、薄い板を少しずつはめ込んで穴を修正する。根気のいる作業だ。

 次に、脚部(ホゾ)と座面(ホゾ穴)を接合し、プレス機にかけて接着する。
 プレス機から出てきたら、背の部分をつける。座面に丸棒を接合し、裏側から楔を打つ。あらかじめ挽き目を入れておいた丸棒の通しホゾにボンドをつけた楔を打ち込む。そうすると、ホゾ先が開いて2つの部材が固定される。余分な楔はノコギリで切り落とし、カンナをかけて仕上げる(PHOTO10)。 

 玄能で笠木を左右均等に打ち込む。このとき、穴がまっすくに空いていないと上手く入らない。私の笠木は少し斜めになってしまった。笠木の裏から込栓を打ち込む。込栓は笠木の中を通る丸ホゾまでしっかり打ち込む。これで2つの部材の接合を強化するのだ(PHOTO11・12)。
 

■塗装作業

組み立てが終了したら、素地調整しサンドペーパーで念入りにサンディングする。 まず、ハケを使って均一に2回下塗りし(メズメとサンディングシーラ)、十分乾いたら、ハケ目が残らないように注意して上塗り(ウレタン)して完成!(PHOTO13・14)
 長い作業工程を経てようやく1脚のイスが完成した。

 果たしてイスは完成するのかと危惧しつつ、道具を扱うのもおぼつかない私には、本当に長い道のりだった。汗だくになりながらノミに玄能を打ち下ろし、冷たい水にかじかむ指でカンナを研ぎ、慣れない作業の連続で筋肉痛に悩まされた。その分、完成したときの喜びは筆舌に尽くしがたい。

 作業を進めていく上で、図面通りのスミをつけることの重要性を痛いほど味わった。これが狂ってしまえば、全体の完成にひずみが生じる。たった1ミリ2ミリの狂いが、結果として大きなゆがみとなってしまうのだ。

 小さなイスですら、わずかな狂いは許されない。ましてや、一軒の家や大きな建築物になればなるほど、よりシビアな精度が要求されることだろう。

 また、木の性質や特性を十分に理解した上で取り扱うことも大切だ。木の伸び方向や、木目の読み方も知らずに思いつくままに組み立てると、不幸な結果を招きかねない。逆に、木の特徴や持ち味を熟知していれば、それに応じた活用をし、素材を生かした形を作ることも可能になる。

 完成したイスは、今後長く使い込むほどに色つやを増し、きっと味わい深いものになることだろう。存分に木に触れ、道具を使う楽しみを知り、物作りの面白さを味わって、愛着の持てる1脚のイスが私の手元に残った。

 今後も、“木”から目が離せそうにない。

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