神楽坂建築塾 第四期 修了論文

「居心地のよい空間」

神楽坂建築塾第四期生 横山静観

 人によってそれぞれ、居心地がよいと感じる空間は違うと思うのですが、それでも人は自然の中に出ると心が弾むだろうし、古い町並みを見て心が落ち着くと思う。街をあるいていても、歩くのが楽しくなる空間と、逆に歩いただけ疲れてしまう空間もある。時間や人々の生活など様々な要素が絡み合ってそれらの空間はつくりあげられていると思う。自分の心に強く残っている風景、空間体験を例に挙げながら、その居心地のよい空間をつくり出す、空間のつくりについて考察する。

 

その1)北野神社

 自分を含め、周辺住民の外出や通勤の際の通り道となっており、毎日その境内を抜けて通勤するのだが、夏は青々とした緑が、秋は鮮やかな紅葉、冬は荘厳な雰囲気と、四季折々、朝昼夕でその表情を変え、また、初詣や、境内でのお祭り、休日の骨董市など、地域住民のコミュニティーの場にもなっている。雑多な都市空間の中で、この空間を通過する度にほっとした気持ちなる。私にとって、都市の中の貴重でかけがえのない空間である。そこには長い年月を経た大きな樹木と古い神社、石畳の通路、そして、地域住民の愛着や帰属意識がその空間をより深いものとし、人々の心を和ませるものとなっている。

 


 

その2)香川県西条市大町

 安藤忠雄さん設計の光明寺を見に行く際に降り立った町である。目的地まで味気ないバイパス沿いに歩いていると、通り沿いの建物の脇から、きれいな水の流れる水路とそれに沿って建つ古い家々が見える。しばらく行くとまた同じような風景が見られ、合い間合い間に何かのどかさが感じられた。建物を見た帰りに、今度は水路が入り組んだ風景の中を通って戻った。水路を流れる水はとてもきれいで、とどまることなく豊かに流れている。ゆるやかにカーブする水路に沿って家々の立面もカーブしていき、変化に富んだ空間となっている。自然の水路が建物の配置を決めているかのようで、美しい水の流れる水路がつくり出した心和む空間であった。

 
その3)神楽坂商店街

 神楽坂建築塾に通うようになって、初めてこの商店街を訪れた。道の両側に小店がテンポよく並び、活気にあふれており、また行き交う人々は、急ぎ足で行き交う都心の街中とは違い、夫婦や家族づれでのんびりと散歩をするかのようにゆっくりと歩いている。商店街の活気は前面道路の幅員が大きく影響すると言われるが、ここの道幅は2車線で車通りも少なく、また歩道の幅員も広くなっており、それらが両脇の建物のスケールともバランスよく、窮屈すぎず、ゆったりとしながらかつ活気のある空間をつくりだしている。さらに全体が坂道となっていることでより変化のある空間となっている。


その4)会津田島町和泉屋旅館

 その旅館を訪れたのは、昨年夏のある日の午後であった。長らく鈍行列車に揺られその町にたどり着いた。駅を出て、旅館に着くまでの間に夕立に会い、濡れながらその建物へ駆け込んだ。中に入ると時間とともに黒くくすんだ落ち着いた空間があった。建物は幾度も増築を繰り返しており、少しずつ建物のつくりを変化させながら、奥へ奥へと空間が伸びていた。宿泊することになったその部屋は建物の一番奥にある2階の大広間で、そこに至る廊下からの庭の景色、脇に置かれた細い木の材でつくられた椅子とテーブル、部屋のバルコニー状の廊下から眺める中庭、それらには長い時間の経過が感じられ、静かで時が止まったような空間であった。室内は一見、古く寂れた感じに見えるが、ところどころに控えめだが工夫のある意匠が施され、空間をより豊かなものにしていた。


その5)愛媛県庁舎

 この建物へは昨年の秋より、仕事で何度か訪れている。一見国会議事堂を思わせる石造りのどっしりとした外観で、中央の上部にかかる銅葺きのドーム屋根が全体の雰囲気に対しちょっと滑稽な感じにも見える。入口は広く、常時扉を開け放しているため外部との仕切りがない。中に入るとすぐ前面に幅の広い階段があり、2階へとつながっている。各階の天井は高く、各室の木製の扉、ホールや廊下の照明器具、階段の手すり、天井や壁面の意匠の全てがきめ細かにデザインされており、広がりのある落ち着いた空間となっている。

 また2階から入口のホールを見返すと、何も遮るものがなく外の景色が見える。建物内部で完結しないその空間は、外の風景も取り込み、全てをゆったりとしたものに変えている。


その6)高松駅前

 そこは、どこにでもあるような、駅を出てすぐ交通広場があり、それを取り囲むようにビルが立ち並ぶ画一的なありふれた駅前広場とは違い、ヨーロッパでよく見られるのターミナル型の駅となっており、一度中まで電車を引き込み、再度出発するようになっているため、広場からは線路が見えない。広場の周りには建物が密集しておらず、中層の駅舎、低層の店舗、案内所、バスシェルター、またランドマーク的に特徴ある形態の高層のホテル等がバランスよく配置されている。

それらはバラバラに存在するのではなく、全体のバランスを保ちながら空間的に連続しており、一方でそれぞれの建物は同じ方向を向いておらず、変則的で、変化に富んだ気持ちのよい空間をつくりだしている。


その7)調布駅前広場

 駅の南口をでるとすぐ広場になっており、そこには特に何があるわけではないが、中央に噴水を囲んだ円形のベンチがあり、人々がそこに腰かけ、読書をしたり、タバコをふかしたり、のんびりと人の行き来を眺めたりしている。よく駅前でみかける広場には、人気がなくベンチには誰も腰掛ける人がいなかったり、逆に大勢の人通りの中で、ベンチに腰掛け、疲れた表情でうつむいた人々を見かけるが、ここではそれぞれが、居心地よさそうに思い思いのことをして時間を過ごしている。

 どこに違いがあるのだろうか。人通りもほどよく、また周囲にはごちゃごちゃとものがなく、中央にその円形のベンチがあるだけのシンプルな空間で、そこに佇む人と傍を行き交う人とが、「見る」「見られる」の関係になってその空間をより生き生きとしたものにしているように思えた。


 以上のように居心地のよい空間とは、その場所に、その街や建物の経た時間、人々の記憶、自然、人々の生活や気配などが織りなされたものであると思う。今後そのような空間を設計する機会があれば、少しでもそのような空間に近づけるよう、その場所を何度も訪れ、その場所の特性を読み解きながら、丁寧にひとつひとつ空間をつくっていきたいと思う。

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