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「よく来たね」 今回訪れた東チベットの村々で会った人々は、全ての人と言って良いほどニコニコとして私たちを迎え入れてくれた。牛がノンビリ歩いている道で会った少年も、小麦畑で草取りをしている奥さんたちもみんな笑顔が素敵だ。美人谷の村では、大工さんが2階の改修工事をしている家に、仕事の様子を見せてもらおうと、不躾をかえりみず外から声をかけて家の中に入ると、1階の竃の処でそこの家のお婆さんが出迎えてくれた。お婆さんの穏やかな笑顔が、私には忘れられない。遠くの町に嫁いだ娘の子供、めったに会うことのない孫が突然訪れたような。私にはそんな感じがして、それは幼い頃の体験と重なった。「ヨクケラッシェ」。小学校に上がった年の夏休み、夜行列車に乗りようやく母の実家に着くと祖母からこの言葉をかけられた。母の実家は山形県尾花沢市の羽州街道に面した旧家だった。そのころの尾花沢は街道沿いに茅葺きの家が連なる美しい街だった記憶がある。祖母が優しい笑顔で「ヨクケラッシェ」と言っていたのを、私はただニコニコしてなにも答えられないでいたが、本当にこんな遠くまで良く来たねというねぎらいと、久しぶりの会えて良かったという喜びの気持ちは子供心にも理解できた。 甲居村の人々は若い時町に出て暮らしても、必ず村に帰ってくるといっていた。「よく来たね」という旅人をもてなす人間関係と、美しい田園風景や伝統的な文化を守ろうとする村人の思いがある限り、世界中で最も美しい村であり続けるだろう。
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大類幸裕 page1 |
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