近代建築史への旅第15回スケッチ展 ・ WEB展 ・ スケッチ展とは?(趣旨と歴史) 
「語る・歩く・描く」和歌山



 西本組本社ビルにスケッチを展示


 近代建築史の旅・第15回スケッチ展は、9月19日(土)に和歌山市にて和歌山展がスタートしました。
 イベントには、各地から関東地方をはじめ、のべ約60人が参加(うち一泊ツアー参加者は17名)しました。
 初日の19日(土)正午過ぎ、予報と異なり真夏日の中、会場である西本組本社ビルにツアー参加者が集まりました。今年もスケッチ展出品者という枠に留まらず、和歌山市民・神楽坂建築塾・写真塾メンバーが参加しました。

▲西本組本社ビル

▲三階の会場

▲模型も展示されている

 和歌山の建築 和歌山市のこれからと西本ビルの活用


▲スケッチ展記念トーク
左から本多、中西、鈴木、宮本の各氏

 

 


▲司会の西本直子氏

 13時30分からは会場でもある西本ビルで「スケッチ展記念トーク」を開催(司会は西本直子氏)。約40名が集まりました。

 まず、全国の近代建築を撮り続けている写真家の宮本和義氏が「高い建物がなくて歩道が広くて気持ちがいい。しかし電線や看板、アーケードが目立つのがとても残念。そういうモノをどけていくことからでもまちづくりというのは始まるのではないか」と発言されました。

 建築家である中西重裕氏が、「第二次世界大戦時に空襲で町全体の約60%焼失してしまった。和歌山には近代建築が少ない。そして少しずつなくなってきている。」と訴えました。そして和歌山大学教授の本多友常氏も「保存の運動は個々の活動としてはあるが、団体での活動がない。もう少し市民レベルでの意識を高くし、和歌山全体を巻き込んだ活動にして行かなければいけない」と発言。それから中西氏と本多氏それぞれの保存活動の話へと進みました。中西氏は保存のしくみと方法を、本多氏は小学校を改修した時の住民とのやりとりがいかに重要だったかということを話して下さいました。「建物の表面だけを保存するということよりも、やはり中身も大切に保存されるべきではないか」という話に、集まった人も頷いていました。

 その後、和歌山の空洞化、和歌浦の過疎化、インフラの話と市民の方からもさまざまな問題点が出されました。「若い人がみんな新興住宅街へ出ていってしまう。都市に住むという選択肢も視野に入れられる環境をつくってもらいたい。」

 次に、西本ビルの所有者である西本直子氏が現在の西本ビルの話をして下さいました。それから「西本ビルの和歌山市に対する役目とは」という大きな議題へと発展しました。「もう一度周辺の核となるような役割を西本ビルには持って欲しい」

 最後に呼びかけ人として発言した鈴木喜一(アユミギャラリー主宰)は、「この15回のスケッチ展でたくさんの人に出会い、そしてその出会いがまた次の出会いになる」とスケッチ展のこれまでの活動を紹介してトークは終了しました。

 まちあるきで和歌山の近代建築の質の高さに満喫

 ツアー一行は和歌浦のアートキューブから中西重裕氏を先頭に、和歌浦のまちあるきを行いました。まちあるきから参加される方もあわせて、30名が集合しました。

 アートキューブからまず150年前に造られた石造の不老橋を通り、台風で欄干が無惨にも壊された三断橋、そして妹背山を紹介して下さいました。妹背山から見る景色に参加者は、圧倒されていました。それから細い路地に入り、大陸橋と呼ばれるコンクリートの橋や県の公館を見て回りました。

 和歌山の建築の特徴として、青石という石を建物のさまざまな場所で使われています。壁の仕上げをみても細かく砕いて粒状にして貼り付けたり、一枚そのまま板張りのように張っていました。

 それから、シーサイドホテル観潮にてオープニングパーティがスタート。諏訪市民と来訪者が和やかに歓談しました。そして中西氏が夕方のまちあるきでは回りきれなかった近代建築をスライドを使って紹介して下さいました。

▲妹背山から見る景色

▲まちあるきの様子

▲公館

▲青石の壁

▲粒状にして張ったタイプ

▲一枚で板張りのようにして張ったタイプ

 各自和歌山をスケッチ


 次の日は、各自それぞれ自分の気に入った場所へ向かいました。この日もとても暑くなりましたが、メンバーは負けることなく、スケッチをしていました。13時からラ・パンというレストランで食事をしながら講評会となりました。お互いのスケッチを見せあいながら、それぞれのツアーの感想を話して頂きました。

参加いただいた皆さん、和歌山でお世話になった皆さん、どうもありがとうございました。 【 G 】

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