●カルカッタ(CALCUTTA)
街路は人間のうごめく河
人力車が行く
老いた車夫が何人もの人間をのせて行く
何という世界だ
汚濁している店、店、店、人、人、人
ハウラ橋、フーグリー河、沐浴
800万の人間が生きているたくましい街に夕暮れが燃えている
人間の世界を包んでいる表皮が破れた街
1983.3/10
●夜汽車(CALCUTTA)
夜風を窓越に受けながら夜汽車は行く
ぼくの前にはあざやかなサリーを着た若い娘
指先にはマニキュア、左手の薬指に指輪、そして両腕に腕輪
両耳にイヤリング、足の爪にもマニキュア
ひとりでいったいどこに行くのだろう
ぼくはそっと、ひざの上においたカメラのシャッターを押してみる
1983.3/11
●ハウラー駅(CALCUTTA)
ごったがえしているハウラ駅
混沌としたカルカッタの街の風景がさらに高密度に繰り広げられている
汗を流しながら、人混みをかきわけるようにして
何とか北上する二等列車の硬いベンチに腰をかけた
すでに日は暮れている
行きかう列車の入口は扉もなく
あふれるばかりの人がぶらさがっている
1983.3/11
●ラサーリー君(DARJEELING)
ラサーリー君は、ぼくと一緒にダージリンの街を散歩しながら、最後に坂の一番上にある宿まで送ってくれた。歩きながら彼は、
「日本に行きたい」と話す。
「来たら歓迎するよ」とぼくは簡単ににいう。
楽しいおしゃべりをしながら宿の前に来た時、彼は真剣な顔になってぼくにたずねた。
「いつ、日本に連れていってくれるのか?」
ぼくには返す言葉がなかった。
1983.3/12
●タイガー・ヒル(DARJEELING)
闇の中、タイガー・ヒルは日昇を見ようという人だかり
合掌しながら祈る人々
天の陽光(ヒマラヤ)、地の河(ガンガー)
東の空には、いままさに昇ろうとする太陽
地平がオレンジ色に染まる
陽が昇ると歓声が上がる、6時、待ち望まれた光
1983.3/13
●アムリッツァの路上(AMRITSAR)
日が暮れて、少年たちと一緒に豆やにんにくの皮をむきながら夜の風を楽しむ。明日はパキスタンのラホール。バックパッカーに評判のダーティー・タウン、国境の町。
1983.3/27
●大地の家(KASHIMIR)
この地方の家は、大地の家といっていいような原始的な姿をしている。レンガや石を積んでから土を塗った厚い壁に、木を架けて、その上に土を盛る。この土屋根の上に木のベッドや椅子を出しておしゃべりしている人たちがいる。カシミールの山あいの家々は上から見ることができない。
1983.4/4
●水辺の風景(SRINAGAR)
パンジー、デイジィー、マリーゴールド、水仙などの小さな花が春を告げようとしているダル湖の水辺。農家のおごらない風景が続いている。
1983.4/6
●丘の上の砦(JAIPUR)
ジャイプール駅のノン・ヴェジ・リフレッシュメント(非菜食主義構内食堂)がぼくの今夜の食堂。チキンクルマ、ヨーグルト、チャパティー、チャイを食卓に並べながら、旅の一日を振り返る。今日のスケッチは、安宿(ジャイプール・ゴールデン)の屋上で描いた丘の上の砦。
1983.4/10
●サンセット・ポイント(JAISALMAL)
町の郊外には、ジャイサルメールの丘が一望に見渡せる貴族たちの墓がある。そこから見える夕陽が美しいので、サンセット・ポイントとしても名高い。ぼくも静かに日没を待つ。丘の上につくられたひっそりした城塞のたたずまい。砂漠に置き忘れ去られた雄壮の町、ジャイサルメールにゆっくりと陽が落ちる。
1983.4/12
●ボンベイの夕暮れ(BOMBAY)
夕暮れの海に出てみる。さわやかな風。今日でインドの旅は終わり。
恐ろしいほどに豊富な人生の渦巻くインドの世界。……INDIA、いったいぼくにとって何だったのだろうか。一日5ルピーしか得ることのできない農民たち、家をもたない人たち、路上にあえぐ年老いた人たち、不自由な体をかかえた人たち。彼らの息づかいだけが体にこたえて、ぼくには何が残ったのか。彼らが生きているということ、彼らがあえぎながらも、土にまみれながらも一日一日を彼らの表情の中で生きているということ、そのことがぼくの体の記憶として残ったといえるのか。
インドを見たことはインドが始まったことだろう。インドを旅して、ぼくの世界もグラグラと始まろうとしている。
1983.4/19
●ジャイサルメール(JAISALMEL)
この町の色は砂岩の黄土色一色
砂漠の大きな岩が隆起したような古い町だ
城塞内の石畳の道は
複雑に屈折していて歩くほどに楽しいのだが
人影は少ない
1983.4/12
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