VOL.20
旧ユーゴスラヴィア  photo and sketch by Kiichi Suzuki

旧ユーゴスラヴィア



▲「アドリア海の真珠」ドブロブニク

(戦火に包まれてしまった街へ)

ぼくが7年前に訪れた時
街路の上には素朴なアーチが架かっていた
歩くほどに石の壁の厚みを感じていた
美しい屋根、屋根、屋根
そこに積み重ねられた歴史を思った
人々の生きた記憶が伝わってきた
足元の舗石の一つ一つに
それを刻んだ石工や労働者の影を感じていた


▲オミスの街


▲市場ですいかを売る男

●アドリア海の真珠ドブロブニクへ
 イオニアン・スターという船の中でぼくは一息入れている。一緒に走ったオーストラリアの女性旅行者と一緒にビールを飲みながら……。ぼくも彼女も、終わってしまえば楽しい騒動を放心して振り返っている。ぼくらのヒーローである彼女の弟は疲れて夜のデッキで休んでいる。

アテネのペロポネソス駅を出たバスは、陽が沈むのを追いかけるようにパトラスに向かう。船は夜10時に出航。この調子で走ればぎりぎりで間にあうだろうと思っていたが、バスはパトラスの町まできて渋滞してしまった。いっこうに動かない、しびれをきらせて、歩きだす乗客もいる。出航までとうとう一時間をきってしまった。
ようやく港に着いたものの、船はどこか、カスタムはどこかわからない。パトラス駅近くの船会社に飛び込み案内嬢にチケットを見せる。
「この道を真っすぐ行くの、走るのよ!」
 同じようにバックパッカーの青年が夜道を走っている。
「どこに行くんだ」ぼくは走りながら聞いてみる。
「イオニアン・スター、ドブロブニク」と言いながら、遅れている女性を振り返り、速く速くと叫んでいる。三人で汗を流して走りながら、やっとイオニアン・スターの窓口に着いた。乗船カードをもらってほっと一安心のVサイン。 ところが健闘をたたえあったのもつかの間、今度はパスポート・コントロール。一つしかない受付をめざして人の山。喧嘩も始まっている。みんな必死だ。横入りしようものならたいへんだ。押すな押すなの大騒ぎで、リュックを背負ったぼくはとても入れない。何度も入ろうとして、そのたびに弾き出されてしまう。船の時間はあと15分。 やれやれとぼくは汗も拭かずにたちつくす。
何かが遠ざかっていく。乗船できないかもしれないな、とぼくはその騒ぎを見ながら半ば諦めたのだが……、しばらくすると、無関係になっていく風景の中心がぼくを呼んでいる。一緒に走ったオーストラリアの青年が、人混みを分けて窓口にたどりついたのだ。「パスポートをよこせ、早くよこすんだ」と合図する。ぼくは「エエイ」と思いきってパスポートと乗船カードを投げる。この一瞬の空中離れ技を周囲は仕方なく許したようだった。
 このオーストラリアの姉弟に助けられて、綱渡りのようにぼくの旅が始まった。ともかくこれでユーゴスラヴィア南部の魅力的な港町ドブロブニクに行けそうだ。

デッキの上で目を覚ます。太陽が低い山の向こう側から昇ろうとしている。見回せばいくつもの小さな島々が見える。まだほとんどの人が寝袋に入っている静寂な朝だ。恋人たちは二人用の寝袋によりそって眠っている。アドリア海は目の覚めるようにきれいな青だ。ぼくは構想も何もなく海の中にいる。風の中にいる。

午後5時頃、ドブロブニクの新港に着いた。港には民宿の客引きがたくさんいる。その中で一番気の良さそうなおばさんを選んで家に連れていってもらう。宿泊料は交渉により一泊40,000ディナールと決まった。約2,000円といったところである。相棒がいれば、単純に半分になるらしい。片言の英語でお互いの身の上話をしながら丘の上に登っていく。
港を見下ろす丘陵の頂上にあるおばさんの家は思ったより清潔でさっぱりとした、どちらかというと北欧的な感じのする部屋だった。二室の間貸しで、小さな台所の付いた食堂が解放されている普通の家である。ベランダに出ると美しい夕陽が海に向かっている。ぼくはリュックをベッドの上に投げ出し、恋人に会いに行くような浮き浮きした足取りで旧市街にむかう。窓から見ているおばさんは元気のいいぼくに呆れて手を振っている。

ドブロブニクはイタリア名ラグーザ(RAGUSA)。 中世において地中海最強を誇ったラグーザ艦隊の本拠地である。「アドリア海の真珠」と呼ばれるこの美しい街は、文字通り白い城壁によって、貝のように閉じている。
ぼくは山側(北側)の城門から町の中に入り、低い谷部にあるプラカと呼ばれる広場に降りていく。時折、立ちどまりながら、深く鋳ぬかれたような街路に面して並んでいる石や煉瓦で造られた家々を眺め続ける。狭い急傾斜の階段をゆっくりと下りて行く。夕暮れに追われて古い鉄のランプが一つ、また一つと灯されていく。と同時に、ぼくの中には地下水のように何かがしみこんでくるのを感じる。いい町だ、と思わず深呼吸。サマーフェスティバルでざわめくプラカを抜け、旧港に出て城壁の外周のプロムナードを歩いていく。
ぼくは防波堤の突端に座りスケッチブックを取り出す。夕陽が城壁の向こう側に沈もうとしている。刻々と闇に溶けていく町のフォルムを追って筆を走らせる。ぼくのうしろで、立ち止まる人も去る人も黙っている。
スケッチを終えて、すっかり暗くなったドブロブニクの街を歩く。プラカから肋骨状に伸びた通りを一本一本歩いていく。迷路というほどではないが、少しずつ蛇行している。美しいアーチに切り取られた街路の風景がある。歩くほどに積み重ねられた石壁の厚みを感じる。そこに歴史を感じる。人の生きた記憶を感じる。舗石の一つ一つにも石工や労働者たちの影を感じる。
ぼくはひたすら夜の町を歩く。遠くカルカソンヌやアビラのような城塞都市を歩いたあの冬の日の感覚がよみがえってくる。確かあの街でも、何かを踏みとどまるように、素朴な建物たちが肩を寄せあって脈々と現在を生きていた。長い過去と風土と堅固な都市壁に守られながら……。

街角の食堂の匂いに誘われて夕食。ピボ(ビール500 )、ウィンナーシュニッツェルとポテトサラダ、それにフランスパンを食べる。前の席にいた初老の男がロザ(LOZA)という透明な酒をごちそうしてくれた。強い酒だ。酒を舌に転がしながらフレンチポテトを食べるのがコツだという。男の名前はジョアフォー・アリーア、職業は機械技師。仕事関係で大阪に日本人の友人がいるらしく、身振りを交えて一生懸命話してくれるのだがほとんど伝わらない。それでも男は気持良さそうにしゃべり続け、ぼくはできるだけ熱心に耳を傾けて、ドブロブニクの最初の夜が更けていくのだった。
宿に向かう海岸沿いの道は明るい。アドリア海の夜空には満月の輝き……。
(1988年晩夏)

 


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