西方見聞録(東チベット・美人谷探訪)

現地はしっとりと雨模様。気温は日本より暖かい。食用油を大量に使うためだろうか、日本の田園地帯に匹敵する程の菜の花畑が広がっている。

花は満開。見渡す限りの黄色い絨毯だ。目は満腹になったがおなかは正直だ。ぐぅぐぅいっている。早速夕食へと向かう。出迎えたのは地獄の釜を彷彿とさせるトウガラシが大量に投入された赤黒いスープ。その中に野菜や肉を投入。すき焼きのよう食べる。味はもちろん「激辛」。現地の人はなぜ食べられないのか不思議がっている模様。これでも中辛なのだそうだ。ヒーヒー言いながらも何とか満腹に。でも次の日が心配だ・・・。

ルート途中には4000m超級の峠越えが数カ所有りこれもくせ者。バスの揺れと疲れ、酸欠が合わさって具合の悪くなる人続出。確かに歩くと酔ったようにフラフラする。菓子袋がパンパンだ。高地であることを実感。

夜中、何とか丹巴・甲居村に到着。宿泊は民家を利用した宿泊所。歓迎の野菜料理を食べてすぐ眠りにつく。まだ暗い朝方小用に起きるが、ここで私は自分史上最高のトイレに遭遇する。懐中電灯を頼りにトイレ(厠所)にはいるとそこはただの屋根付きバルコニー。頭の中が???。よく見ると土間にぽっかり楕円形の穴が。どうやらここのようだ。下を覗くと遙か下に何かが見えるだけ。意を決してトライ。しかし全然トイレという感じではないし、徹底的にきれいに保たれたそこはやはりバルコニーの様だ。爽やかな春の夜風が通り抜け、かすかな花の香りを運んでくる。前使用者の残り香や物体の存在を数秒も許さず、月明かりに浮かぶ谷を見渡せる。まさに「チョー気持ちいい」トイレなのだ。日本のくみ取り式便所では不可能だった難問(臭い、おつり、清浄の問題等)解決を、ここ東チベットでは二階にトイレを設けることで数百年も前からクリアしていたことになる。先人の知恵と見識に脱帽。ただ、周りからも丸見えなのよね・・・。

ここ丹巴・甲居村は美人谷とも呼ばれるくらいに美男美女が多い地域だ。混血が進んだ結果らしいのだが、顔立ちはすっきり、スタイルもスマート。そんなきれいで若い女性がモッコをしょって石を運んだり泥だらけで農作業を行ったりする姿には感動すら覚える。村の中を歩いていると牛の鳴き声と鳥の囀り、牛の糞の臭い、花の香り。子供たちは青洟を垂らして遊んでいる。30年前の日本に居るような錯覚にとらわれた。そして30年後のこの村の未来を考えて少し不安になった。

絵を描いていると子供たちに取り囲まれた。口々に「すげー、すげー」と言っている。まるで魔法使いでも見るかのような尊敬の眼差し。うれしいが絵が描けない・・・。夜は私たちの歓迎パーティーとなった。きらびやかな衣装で踊る若者に触発されて、気が付くと私も踊っていた。こんなにも踊ったのは人生で初めて。思えば他国の文化に興味を示し文献を読みあさり、お節介までしようとしている人間たちは、自国の踊り一つ披露できない、なんと情けない人間の集まりであるのかと顔から火の出る思いだ。地球上では人間性が透明で純粋な地域に行けば行くほど踊りや歌で感謝を表すことが多いように思う。今度行くときまでにマツケンサンバをマスターしようと心に誓った。

宿泊する部屋などには便宜上クズ入れが置いてあるのだが、その先が見えない。河の傍を歩くとゴミが大量に捨てられている場所に出くわす。ゴミ回収のインフラ整備など望むべくもない地域へ来させて戴いているのであるから、ゴミを持ち帰ることは最低限のルールだと思う。現地は循環型社会実践地なのだから。

目と笑顔がとてもすてきで村人誰もが暖かい。道を尋ねるだけで家に引っ張り込まれ接待を受けてしまう。村の建物は数百年来変わらないスタイル。こんな桃源郷に再び訪れることはできるのか。また、それまで存在し続けるのか。様々な思いが交錯し後ろ髪引かれる思いで現地を後にした。

  研究生 阿部正義

阿部正義

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