神楽坂建築塾・番外ツアー 中国民家探訪

雲南省麗江とモソ人の井幹式住居を訪ねる旅 2003年10月
 


▲2002年9月の番外ツアーの様子

 中国雲南省ツアーがこの秋に開催されることになりました。
 今回のツアーには平良敬一塾長はじめ写真家の大橋富夫氏、古民家再生工房の楢村徹氏らが参加する予定です。道先案内人にはおなじみ上海の王超鷹氏。
 世界文化遺産のまちとして知られる古都
麗江は1996年の地震で大きな打撃を受けましたが、住民の愛着をテコに修復再生のまちづくりを進めています。ここはトンパ文字と呼ばれる絵形文字のふるさとでもあります。また麗江から北上して四川省との省境、瀘古湖(ルーグーフゥ)の畔には井幹式住居と呼ばれるモソ人の興味深い校倉造の民家を見ることができます。ここにじっくり三日間、腰を据えて探訪しようと計画しています。年々、壊されてゆくスピードが早くなっている中国の民家、いま訪ねておく必要がありそうです。(鈴木喜一・神楽坂建築塾事務局代表)

【募集要項】  

◆日 程:2003年10月24日(金)〜11月1日(土) 8泊9日
◆訪問地:雲南省/昆明、麗江、雲南四川省境
◆費 用:178,000円
◆申込締切:2003年8月30日(土)
募集は締め切りました。
◆定 員:15名(最少催行人数10名)
◆団 長:平良敬一(建築評論家・神楽坂建築塾塾長)
◆同行講師予定:大橋富夫・鈴木喜一・楢村 徹
◆道先案内人:王超鷹
◆主催:アユミギャラリー神楽坂建築塾

アユミギャラリー神楽坂建築塾事務局
〒162-0805 東京都新宿区矢来町114 Tel.Fax.03-3269-1202 
ag@ayumi-g.com

 


【ツアー内容・条件など】

▲世界遺産・麗江 明代の住居が豊富に残る四方街はいたるところがスケッチポイントです
▲版築塀と井幹式住居と森でつくられた生活風景。

●旅行条件
・神楽坂建築塾塾生に限らず、どなたでも参加できます。
・最少催行人数:10人
・添乗員および通訳:あり
・費用について
 (1)旅行費用には、往復飛行機代・ビザ代・現地移動費・宿泊代が含まれています。
 (2)食事および海外旅行障害保険は含まれません。(朝食・昼食付)
●発着地: 東京(成田空港)、ただしそれ以外の発着も相談に応じます。昆明合流も可能です。
●航空会社:中国国際航空、中国東方航空、ノースウェスト航空を検討
申し込み方法
(1)申込書を8月30日(土)までに神楽坂建築塾事務局まで、郵送またはFAXして下さい。FAX:03-3269-1202
(2)旅行費用178,000円を9月20日(土)までに下記の振込先にお振り込み下さい。旅行費用の入金をもって正式な申し込みといたします。
(3)申し込み後、以下の2点を事務局までお送り下さい。
○パスポートのコピー(有効期間が6ヶ月以上あるもの)
○顔写真1枚(3×4cm程度、インスタント写真可)

【振込先】
東京三菱銀行 神楽坂支店 普通 0706470
アユミギャラリー出版部

※参加希望者多数の場合は、申込順に参加者を決定させていただきますので、ご了承ください。

第7回目を迎えたこの中国探訪ツアーですが、神楽坂建築塾フィールドワークとして、現在『住宅建築』誌上で報告記事の連載(隔月)が始まったところです。


◆母系社会の湖村をゆく(モソ人の井幹式住居)/文:鈴木喜一

 麗江から北上すれば、チベット自治州の中甸(ジョンディエン)があり、かつ宝山古石城があるのだが、私は北東に動いて寧 (ニンラン)に向かった。ナシ族の小部族であるモソ人の井幹式住居が見たかったからである。
 寧 で一泊してから、翌朝八時半、永寧に向かった。春の雲南高地はかなり冷え込むが、棚田が一面に広がり、焼畑の煙りも上がっているという雄大な風景である。山奥に入るにつれ、正倉院のような校倉の住まいが増えてくる。道行く人や戸口で遊ぶ女たちの衣装はカラフルである。版築現場もみかける。白い花をつけているのはコブシの木。松や杉の木も多い。道際は版築塀で固められている。その塀の奥には丸太が山と積まれている。ここは雲南省と四川省にまたがる瀘沽湖(ルーグーフゥ)である。標高2690メートルに位置するこの湖は翡翠のような色と静けさ、それに透明な深度を持つ。この湖畔一帯がモソ人の居住区なのである。湖に沿って歩いて行く。すべて井幹式住居である。これは井干式住居または井楼造りとも言う。湖水を使用して水彩画を描いていると、土地の青年がじっと見守っている。絵を描き終えて彼の住居に招かれた。木戸を開けて暗い土間に入ると中央で火が焚かれていた。日本の民家と同じように囲炉裏があった。長老がいて、妙齢の男と女がくつろいでいた。それぞれの人が座る場所はきまっているようだ。家の中には豚足がいくつも吊るされている。カチカチになった薫製状態のブタもごろっと横たわっている。囲炉裏の中のジャガイモを突いて「食べなさい」と長老が笑顔で言う。イロリの傍には絨毯があり、ここで二人寝るらしい。その少し離れた壁面にくっついてカラフルなベッドがある。青年はモソ人の生活を教えてくれる。

「モソ人はナシ族の中でも徹底した母系社会なんだ。今でも男性の通い婚で成り立っている。これを「阿注婚」と言うんだ。生まれた子供は母子連名の形をとり、母親とのつながりをとても大切にして育つ。女性の立場が強いから、女の子の名前の前か後ろにラム(虎)という字をつける風習がある。村の役職の上位はほとんど女性で、家の運営も彼女たちにまかされている。男たちは少しだけ仕事をして傍観者のように暮らしている。住居は土地にある身近な材料でつくっている。つまり土と木だ。宗教? 僕らはラマ教だ。これはポタラ宮、これはダライ・ラマの写真だよ。この湖から見る星はきれいだぜ。ここは宇宙に近い場所だからね」
 翌日は瀘沽湖を小さな手漕ぎボートで渡った。一時間余りで何もない岸辺に辿り着いた。もうここは四川省である。一山越えると左所の村が見えた。この辺り一帯もみなモソ人の家である。畑も道も家もみんな茶褐色。どうやらここは未開放地区らしい。
(鈴木喜一著
『中国民家探訪事典』抄)

その他の神楽坂建築塾番外ツアーの報告はこちらをご覧下さい。

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