近代建築史への旅スケッチ展2001 仙台ツアー報告
杜の都の近代建築を歩いて描いた二日間
仙台展オープニングツアーに36名が参加

【1】今年も文化財建造物が会場に

 近代建築史への旅・第12回スケッチ展の仙台展は、8月25日(土)から仙台市内の荒巻配水所旧管理事務所を会場に開催されました。ここには、過去最多の106点の、北海道から岡山までの近代建築のスケッチが並びました。

 会場となった荒巻配水所旧事務所は、菊池孝太郎の設計で1933年に建てられたRC造のライト風の二階建ての建物。
 本来の使命を終えた後、近所の町会の集まりなどで使用される他はほとんど使われずにいたようです。それが2000年に国の登録文化財となったことを機に修復され、今回のスケッチ展が、この建物の公開活用の第一号となりました。

 荒巻配水所旧管理事務所は、貴重な文化財であり、また絵画展示を想定したつくりではないため、展示方法が問題となりました。
 そこで宮城県北部で国産材の活用を提唱し、燻煙乾燥技術を開発している「くりこま杉協同組合」の協力を得て、杉集成材による仮設棚をつくっていただきました。これが見事に室内にマッチし、建物を一切傷つけることなく、百点余の作品展示が可能になりました。

右上写真・スケッチ展会場の荒巻配水所
右下写真・くりこま杉協同組合による棚据え付け


【2】八幡町まちあるき

 開催初日の25日(土)の朝、「仙臺近代建築ルネッサンス」のイベントの一つ、「八幡町スケッチ散歩」が開催されました(片平たてもの應援團主催)。

 ひと足早く仙台入りした東京メンバーなど22人が、市内北西部の大崎八幡宮一帯に集まり、東北大学の榊原さんの案内でまちあるきを開始。広瀬川の河岸段丘に広がる旧武家屋敷や職人町の名残りを探します。

 丘を縫うように流れていた四谷用水(伊達政宗築造。現在暗渠化されている)を、再び水が流れるように改修して潤いを取り戻そうとしている動きなども紹介。参加者は詳細なマップを手に、登録文化財となった荘司醤油店や和洋折衷の大正・昭和初期の木造住宅などを丹念に見て回りました。
←左写真・ともに八幡町のまちあきるき



【3】ギャラリートーク

 続いて2時からは、スケッチ展会場の荒巻配水所の前庭で、ギャラリートーク「近代建築が語りかけるもの」が開催されました。

 パネリストは、平良敬一氏(建築評論家)、櫻井久美氏(近代建築研究会/片平たてもの應援團)、鈴木喜一(建築家/武蔵野美術大学講師)。東京・静岡・岩手など県外からの32名を含む約50名が、日差しを避けながら熱心に耳を傾けました。(司会:アユミギャラリー/渡邉義孝)

 今回のスケッチ展の地元主催団体である片平たてもの應援團代表の櫻井久美さんは、建築には素人でありながら「ただ古いものが好きという骨董趣味」を町に広げたときにあまりにも味気ない風景しか仙台にはないことを痛感。「景観サポータ」活動を通して、多くの市民が貴重な近代建築の宝庫・東北大学の片平キャンパスを「お気に入りスポット」に選んでいたことを知り、大学構内のゴミ拾いボランティア活動を提案して大学側との信頼関係を築いていった経緯を報告。老朽化と使い勝手の点から計画されている片平キャンパスの郊外移転問題には直接立場を明らかにしないながらも、「共有の財産としての近代建築に多くの市民が関心を持つことが、大学の意思決定への無言の圧力になってくれれば」という「作戦」も披露しました。


ギャラリートークの様子[撮影/酒井哲]

 

 1993年の第一回スケッチ展以来の呼びかけ人である鈴木喜一は、これまでの12回の歩みを振り返りながら、「シャッターを押すのとは違い、何百回も建物を見つめるスケッチという手法は、建物と対話する大切な回路である」ことを強調。武蔵野美大通信教育「建築史」のリポート課題から始まったこの展覧会が、建築家や市民にそのすそ野を広げ、百人を超すひとつの「運動」として定着してきた経過を踏まえ、21世紀もさまざまな都市をつなげて開催していこう、と訴えました。

 戦後の建築ジャーナリズムを牽引してきた平良敬一さんは、「スケッチは、実物の対象のイメージが、各人の目と手を経由して表現されたもの。長い時間自分の体の一部を動かして作り上げた作品には、写真では表現できない魅力がある」と展覧会の感想を述べました。その上で、「皆さんとは違って、前川国男・丹下健三ら、“明治期から続いていた様式主義の建築(スケッチ展ではこれを近代建築と呼んでいる)を打破する新しい動き”こそが『近代建築運動』ととらえてきた私の世代は、レンガや擬洋風建築は否定的に見ていた。しかし風景が秩序を失ってひどい建物が建ち並ぶいま、日本の伝統的な建築や風景とともに、市民の愛着が高まっているこれら様式主義建築の保存と活用も、まちなみにとって重要なものになっているのではないか」と語りました。


 会場からは、1999年のスケッチ展受け入れ地だった青森県から板垣美保さんが発言。「二年前に皆さんを受け入れる時に“ちゃんと説明しなければ”と懸命に建築を見て回ったことが、自分の町の魅力の再発見につながった」と思い出を語りました。
 また、建築家の安井妙子さんも会場に駆けつけ、「ちいさくてもキラキラした近代建築を発見し、登録文化財にすることでまちづくりのきっかけをつくっている。各自が自分のフィールドで出来ることを実践して、魅力あるまちに変えていこう」と語りました。

 

【4】心尽くしのパーティも盛況

 ギャラリートークの後、仙台側メンバーが心を込めて準備してくださったパーティに突入。

 仙台の名産・牛タンや笹蒲鉾、柿の葉寿司、とれたての野菜・果物、ドイツパンなどが盛大に並び、全国の近代建築ファンが舌鼓を打ちながら話の輪をひろげました。

 ツアー参加者はその後、道中庵ユースホステル(仙台市太白区)に移動。降幡廣信氏設計の民家風建築のしっとりした空間を満喫しながら楽しい夜を過ごしました。


 

【5】いよいよ片平キャンパスへ

 26日()は、10時から片平たてもの應援團主催の「片平キャンパススケッチ会」に合流。44名が参加して、櫻井さんの解説とともに旧帝国大学時代の珠玉の近代建築を味わいました。
 魯迅ゆかりの階段教室や明治時代のレンガ造の書庫、秀麗な資料館(旧図書館)などを見学、必ずしも有効に活用されていない状況にありながらも、まず仙台市民にこれらの素晴らしい建築の存在を知らせ、市民の憩いの場としての大切さも訴えていくことで、末長く片平キャンパスを守っていきたい、との櫻井さんの訴えを、参加者はしっかりと受け止めて各自スケッチブックを広げました。

 夕方の再集合場所では恒例のスケッチ講評会が開かれ、一人ひとりが作品を手に、片平そして仙台の印象を語りました。

 参加者は、「実際に描くことで窓の意匠の違いに気づいた。そしてそれが力学的合理性にかなっていることも知った。スケッチにはこんな面白さもある」(東京・岩井正道さん)、「何人かが同じ建物を描いているが、人によってまるでタッチが違うのがいい。今回、とても迫力が感じながら木造建築を描いた。建物から何かの『力』を感じたのは初めての経験だった」(岩手・桜田文昭さん)などと感想を語りました。

 

↑上上写真・東北大学片平キャンパス北門前
↑下写真・階段教室を見学
↓下左写真・東北大学史料館
→右写真・最古のレンガ書庫[撮影/酒井哲]

  


↑写真・ユースホステル前での記念撮影[撮影/岩井正道]

 このほかに、片平たてもの應援團サイトにも一連のイベントのフォトアルバムがあります。

感想とスケッチ作品など

【感想文】
●建築物を愛してやまない人々[高木孝治]
●地元の皆さんの活躍に脱帽[中島里英]
●きめこまやかな演出を満喫[山本章子]
●スケッチに「ありがとう」の言葉[桜田文昭]

●スケッチ展に参加するたびにスケッチが面白くなる[平原 匡]

【スケッチ】(クリックすると拡大されます)

田島利行
柴田 治
辻 智子
平原 匡

平原 匡
平原 匡