鈴木喜一建築計画工房
[新築] File no.08

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桜の見えるシンプルな家

■所在地/東京都
■種別/新築・木造2階建
■設計/鈴木喜一建築計画工房
   (担当・鈴木喜一、菊入康夫)
■施工/佐藤工務店
■1993年竣工
■屋根/カラーベストコロニアル葺き 外壁/サイディング張り,リシン吹付け 内壁/クロス張り,砂入りプラスター仕上げ 床/ナラフローリング張り,畳敷き
■掲載雑誌/月刊『住宅建築』1995年3月号

▲photo.by アトリエR


上/北東側外観

●1993年陽春


友人の奥さんから電話があった。
「もしもしSです。良かったわ、東京にいたのね。あのう、杉並に住宅を建てたいという仲間がいて、ハウスメーカーに頼んでいろいろプランニングしているんだけれど、どうも土地が狭すぎるせいなのか、他に原因があるのか、うまくいかなくて困っているの。無理して土地を買ったのはいいんだけれど、そこに建つ家は夢も希望もないっていうわけ。そういう狭小敷地の設計っていうのは、いろいろ制約があって、たぶん喜一さんは苦手みたいにわたしは思うんだけど、できるう? とにかく建築家なんでしょうおー?」
(旅行ばかりしていてあなた本当に建築家なのう?)的声色をすばやく察知したぼくは、
「ええ、そうですよ。とにかく建築家ですよ。たいした建築家じゃありませんけどね」と言い訳するようにいう。「それで、いったいどのくらいの坪数なんですか」
「20坪ぐらいと言ってたわ。夫婦二人と小さな子供が二人で住むの……」
「……そうですか、とにかくその施主と会ってみましょうか」

 

●お見合い


1993年5月31日、施主Yさん一家が神楽坂のアトリエにやって来た。今までのぼくの設計図や竣工写真を見ながら楽しい会談となった。奥さんは新しい敷地の実測図とハウスメーカーのつくったプランをいくつか持参していた。4才の早英良(さえら)ちゃんと1才の有於良(あうら)ちゃんも一緒だった。音の響き具合から名前を決めたとYさんは言ったが、早英良というのはフランス語で視野を広くというような意味、有於良はラテン語のアウラ(オーラ)をあてている。しゃれた名前をつけるなあ、と思ったのがぼくのその時のYさんの感想。あーあ、ぼくも建築家としてのオーラがほしい。
本題に入って、施主はおおまかな条件と要望を話してくれた。それをまとめると
・工事費の上限は設計料を含めて1500万。
・客室(和室)をパブリックゾーンの一角につくる
・風と光を十分に入れて空気の流れる家
・駐車場が欲しい
・西陽も大切にしたい
・既存家具をうまく組み込みたい
施主と心地よく会話を交わしながら、全体的に「ローコストのすがすがしい家」という趣旨が根底に流れている、と思った。

 

●初夏の午後の日だまり


数日後、成田東の約20坪敷地をじっくり見学した。敷地は確かに狭かった。西側が3メートル道路に面している。東側には隣家が接近し、南側の宅地にもまもなく敷地めいっぱいの新築が予定されているらしい。まいったなあ。
ただ北側の隣地だけは共立女子大の所有地で広々と開け、芝生の向こう側に樹木が鬱蒼としていた。ここにはとうぶん何も建たないだろう。
これは救いだった。橋が架かったような気がしてほっと胸をなでおろしていると、その中でも主役格の桜の木が「ようよう、みつけたな」ってな感じで佇んでいる。ぼくはなんとなくうれしくなって、その桜の木の下にどかっと腰をおろしてY邸の空間をあれこれ構想する。……敷地は初夏の香る午後の穏やかな日だまり。

 

●原案


1993年6月11日。すべての与条件がぼくの体の中で変容し、線となり形となり、器となってあらわれはじめた。北側の桜の借景は一番大切なポイントだった。さっそくケント紙を使って立体にしてみる。
・北側に大きなピクチャーウィンドウをつくる
・パブリックゾーンは二階に、天井は屋根勾配に立ち上がってのびのびと、そしてトップライトを
・夫婦寝室を落ち着いた一階に
・屋根裏を利用して書斎(将来、子供室になるだろう)
・引戸の建具を大きく扱って、空間をスカーンと開く、そして必要に応じて閉じる。
空気はうまく流れそうだ。光も十分にとれそうだし、狭小敷地を感じさせないシンプルでさわやかな家ができそうである。
1993年6月23日。Y夫妻がぼくのアトリエを訪れた。ラフなスケッチとエスキース模型を見ながら、ぼくは原案の説明を始める。奥さんは終始にっこりうなづいていて、時折アトリエの低いしっくい天井を見上げてあれこれと想像しているようである。じっと耳を傾けていたYさんは最後に「十分に満足のできるプランです。今後、どのような段階を追って細部をつめていけばよいのでしょうか。またその日程はどうなってくるのでしょうか」と丁重に言った。

 

●1993年夏


友人の奥さんから久しぶりに電話があった。
「もしもしSです。Yさんの家どうもありがとう。Yさんの奥さん、ものすごおおおく喜んでいるわよ。これから工事なんでしょ。がんばってね」とSさんの話は絶えず明るい。
「どうもいろいろとありがとう」とぼくは礼を言う。
工事は1993年7月21日の確認通知直後から、佐藤工務店の佐藤清棟梁の手によって順調に開始された。


[Photo]竣工写真 クリックすると大きな画像にリンクします 


上左/階段側から食堂,台所をみる
上中/西側玄関まわり
上右/階段側から2階を見通す


左/ロフトから食堂,台所を見おろす
右/ロフト(アトリエ)


下左/階段から玄関方向を見おろす
下中/和室側から食堂方向をみる
下右/西側道路より北側をみる


photo.by アトリエR


 


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