杉山邸は静岡市春日町の住宅地に新築された夫婦二人暮らしの家である。落ち着いた和風であること、自然が感じられること、木を生かすこと、が施主の希望であった。
そして、もう一つ、施主は重要なことを言った。将来は息子夫婦と住みたい、今は平屋でも二階建てを前提として考えてほしいということだった。
家を最初から変化するものとしてとらえていることは、私達にとってうれしいことだった。家は住む人とともに、たえず変わっていく。それはとても自然なことである。新築した時が一番美しいという家もあるが、自在に付加したり、縮小したりしながら、少しずつ生気を増していくことのできる家の方に私達は親しみを覚える。家は住む人と一体であって欲しい。
中庭と南庭の二つの庭をとったプランは、施主にも喜んでもらった。採光の状態も良さそうだし、いい庭ができそうだとうなづいた。どこにいても、お互いの居場所が確かめられて安心だとも言った。子供が巣立っていった夫婦の柔らかな結びつきといったものを感じた。その時、このプランでいこうと思った。 息子さん夫婦との同居に備えて、北側の棟に二階部分を想定し、基礎も梁も一回り大きくしておいた。奥に二階が乗っても形は崩れないと思った。
内部は、木と自然を生かした本物の材料を選んでいった。和室、居間、食堂と続く広間は、のびのびとした大らかな空間となって庭とつながった。玄関も小住宅としては、比較的ゆったりととり、中庭を視覚の中に取り込んでいった。
この家を作るにあたっては、いつもながら、山崎工務店に世話になった。
特に、私達が大棟梁と呼んでいる山崎善太郎さんには教えてもらうことが多い。大工になって65年になる大棟梁の仕事は、材料の木を選ぶことと現場で目を光らせることである。
「図面を見た時、いい和風になると思ってな、玄関の框と式台は欅でやりたいと思ったんだ。桧でとってみたんだがな、どうも気にいらない。富士の材木市場へ行ってな、この欅にしようやと」
「居間の天井に張った米松は直径七尺位の丸太を四つ割りにして名古屋から運んだんだ。四間半の天井だろう。真ん中で継ぎ手がみえちゃあつまらないものな、あそこはどうしても長物だよ」
「やっぱり一番うれしいのは、最後に出来上がってうまくいったなと思った時だな。自分の精神をうちこんでおかないとそういう喜びはないだろうな。一にも二にも経験だな」
大棟梁に耳を傾けたら良質な話がとまらない。仕事の肝心なところをしっかりと支えてくれる明治生まれの棟梁をもった私達は幸せである。【鈴木喜一】
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