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群馬県太田市で戦後直後から続いてきた尾内歯科医院は、診療スペースの狭小化と設備の一新の必要、更に都市計画道路の拡張工事などの理由により「なんとかしなければならない」という状況にあった。
既存の建物は、45年前(1954年)に住居併用として建てられた和洋折衷の重厚な建物であり、モダンな洗い出しの診療部(一階)と入母屋の屋根と瀟洒な銅板の庇からなる二階部分ともに、すでにまちのランドマークとなった味のある建物であった。取り壊しと新築も検討していた施主側に対して、私たちは「既存の建物を活かした改修プロジェクト」を提案することにした。
時代が求める歯科医院建築とはいかなるものであるか。「最新技術の導入」「清潔と明るさ」「人にやさしい診療所」といった属性に加えて、ここでは「町の記憶としての歯科医院」というものを重視したかった。例えば記憶。子ども時代の歯医者はいつまでも覚えているものだ。更に、まちなみにとっての重要性。地方都市では特に深刻になっている、軽薄で単一的な景観へのくさび的役割を持たせられないか。地域の人々にとってそれは「安心感と信頼感」につながるに違いない。そして患者の安心感は医師のゆとりにつながるだろう。そのためには軽薄や表面的な豪華さを持つ素材や、初めはキレイでもすぐに劣化する新建材の使用は避けたい……そんなイメージがふくらんでいった。
再生という手間のかかる困難な工事を引き受けられる工務店はそう多くはないが、ここでは近在の(有)齋和工務店が一貫して誠実にとりくんでくれたことが無事の竣工にこぎつけた大きな要因であった。
まず詳細な実測調査・構造検討を行い、部分的な補強を施せば既存躯体はじゅうぶん再生可能であることがわかった。特に、「水害を防ぐために高くつくった床下」のおかげで土台部分の腐朽がほとんど見られなかったことも幸いした。工事はまず南側の住居棟の新築から着手し、診療棟については一部を解体して壁(小舞+左官壁)を取り除いた後、隣地境界から間隔をあけるためにジャッキアップを行い、約1メートル北東に曳き家した。診療室は既存部分と増築部分にまたがり、二階建て部分の前者は平天井・平屋にあたる後者はトップライトのある屋根勾配なりの板張り天井とした。
和室がある二階はほぼ原形のままとし、壁の塗り替えと天井の撤去によってのびやかな空間とした。
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