鈴木喜一建築計画工房
[新築] File no.37

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八ケ岳が見える家

■所在地/山梨県
■種別/新築・木造2階
■設計/鈴木喜一建築計画工房(担当/鈴木喜一、米澤美穂子)
■施工/スワテック建設株式会社
■2001年12月竣工
■外壁/焼杉板 内壁/珪藻土 床/樺無垢板,杉無垢厚板

photo.by アトリエR

▲南側外観

[建物概要]段差を活かし遊び心をふんだんに

「八ケ岳が見える家」(榎邸)は、その名の通り八ケ岳南麓に広がる山梨県高根町のなだらかな丘陵地に建つ週末型別荘で、ゆくゆくは施主が永住することも視野に入れた住まいである。鈴木喜一建築計画工房の設計監理で、2001年12月に竣工した。
 現場は南に向かって4mの高低差をもつ敷地であったが、擁壁を設けた上でこの敷地段差を有効利用したプランを念頭に、地下のワインセラーや小屋裏ロフト、天体ドームや板倉の庵(欅游庵1号を移設/『住宅建築』2001年8月号参照)などがある遊び心のある家となった。内外装には天然木をふんだんに用いて、大自然の中にあって違和感のない仕上げとなっている。秀峰として知られる甲斐駒ヶ岳を望む南面には浴室(2階)を配し、また居間の南側の開口部はすべての木製建具が壁の中に引き込まれることで外部との一体感を演出している。
 内壁を荒々しい珪藻土と霧島土の左官仕上げとしたことで、意匠面のユニークさだけでなく調湿機能も確保できた。またここでもくりこま杉協同組合の燻煙杉板を床板に使用して、歪みの少ない、あたたかみのある無垢板の感触を味わうことが出きるようにした。
 庭では施主のセルフビルドによるさまざまな「増築」が現在も進行中で、竣工後も少しず表情を変えつつある。

 

[エッセイ]都市に住んで田舎に暮す★増殖力のある家 (『住宅建築』04年4月号をもとに作成してあります) 

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 友人で店子の榎明人さん(データ・フォト社長)が新宿区早稲田鶴巻町で都会のマンション暮らしを続けている。その彼が5年前、長年の夢だった八ケ岳南麓に広い敷地(約450坪)を購入した。
「高校時代、よく八ケ岳に登っていたからね。大泉の斜面に友達と一緒に土地を買ってさあ、小さな小屋を作って田舎通いをしていた時期もあったんだよ。だからねえ、そろそろ思いっきり、楽シィーーーーー家というか、アトリエをつくりたいわけよ」

▲工房にて打合せの様子

紆余曲折、設計構想にずいぶん時間をかけ、友人として相談にものっていたのだが、結局、私が設計を担当することになった。まず、神楽坂の会社(当工房の奥にある高橋ビル)と早稲田のマンションと八ケ岳の家を往復しながらの生活に踏み切った理由を尋ねてみると、
「都会のコンクリートの中で暮しているとね、デジタル関係の仕事をしているとね、やっぱり星を見たりとかさ、土をいじって野菜を作ったりさ、そういうことをしたくなるのよ。ロフトに上がって八ケ岳を眺め、ベランダから南アルプスを眺めて友達とビールを飲むわけよ。頭と体のバランスはどうしても必要じゃない」
榎さんはずいぶん夢多き人で、様々な夢を追って職種を15以上も経験したらしい。その延長線上で、現在は30人規模の会社経営者で、かつ先端企画開発実践者という立場にある。さぞかしたいへんだろうとも思うのだが、彼はその困難さをなかなか見せない酔狂人で、むしろそれをバネに絶妙に流動している。つまり浮遊感を体全体に漂わせているのだ。

▲1/50軸組模型

▲玄関へのアプローチ。足元には枕木が埋めてある


▲南側外観。寝室から続くウッドデッキ

▲庭からの西側外観。手前の木製階段は天体望遠鏡室へと導く


 変形敷地(段差約4メートル)を利用したプランは角度が54度に触れて、かなり複雑なものになってしまった。しかし、榎さんの膨らむ夢を表現するにはそれも有効に作用したかと思える。地下のワインバーも工事中にぐぅーーーーーっと膨らんでしまったし(この壁は榎さんと私が塗った芸術漆喰仕上げです)、ロフトには船窓のある秘密部屋もできてしまった。


▲南側概観の夜景


▲ワインセラー内壁仕上げを
セルフビルドで行う

 この家が竣工して約二年が経過した。植物がたくましく成長するように、敷地内のあちこちにはアトリエ棟や茶室が出現している。設計者としてここまでの増殖力は読み取ることができなかった。場所と一体になっている榎さんの生命力が縦横無尽に溢れている。
「鈴木さん、器用でないと住めないねえ。というのはさ、電気とか水道とかいろいろトラブルがあるのよ。田舎暮らしと言っても憧れだけではだめだね。結構ハードだよ。草刈りしたり野菜つくったり、まあこっちは片手間でやってるから、まだいい野菜が収穫できないけど、近所の人がおいしいのをくれるわけ。この家つくって良かったよ。山仲間や友人がよく訪ねてきてさ、ベランダはほんとにぜいたく。もうすぐ蛍の季節だなあ。仕事も遊びも一緒だから時間がいくらあっても足りないよ。そうそうアユミギャラリーの庭にあった欅游庵は夏場の昼寝には最高ーーーーー」

 榎さんの話を聞いてふと我にかえって考えてみる。彼がつくろうとしている場はひょっとしたら新しい緑農住構想つまり21世紀型新田園都市構想にもつながる予感を秘めているのではないかと……。都市の一極集中を排して、人間の生活圏を分散していく兆しともいえるのかもしれない。(すずきいち・建築家)


▲暖炉のある居間

▲ワインセラー

▲玄関ホールから居間を覗く

▲寝室

▲浴室

▲和室

▲ウッドデッキへ寝室の明かりがもれる

▲居間・食堂。建具はすべて引込むことで、心地よい風を取り込む

▲ロフト。左側はFIXガラス。東側妻面には開閉式丸窓を、屋根にはトップライトを設けて換気効率を高めている。暖炉の煙突が通ることで、暖房効果がうまれた


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