僕のとなりの国にいるちがう顔の人たち


VOL.12

名も知らぬ村で

アンティグア・グアテマラ  Sketch by Kiichi Suzuki

アンティグア・グアテマラ

 


1993年3月14日、日曜日。快晴。
中米グアテマラの古都アンティグアのバスターミナルで、行き先のわからないバスに飛び乗った。約20分、郊外を走ったバスは、富士山を思わせるボルカン・デ・アグアのふもと、名も知らぬ村に到着。旅仲間と三人、たまった洗濯物をナップサックにぎっしり詰めてやってきたのだった。昼下がりのアンティグア郊外は高地といえどもかなり暑い。汗が流れ出る。
どこかで洗濯しなくちゃな」とぼく。
「見当たらないな、そんな場所」とリーダーの十川君はやや疲れ気味。
どうもスペイン人のつくった古い町らしい。インディヘナ(インディオ)の姿やカラフルな織物がほとんど見られない。何の変哲もない地味な村だ。ツーリストはまず訪れることのない村だろう。
土の道を上って行くと、この村にはちょっと不似合いなモダンなバーを見つけた。とにかく一息入れようということになった。
ここのマスターはギアナ生まれの黒人。柔道の選手としてモントリオール・オリンピックに出たこともあるらしく、上背があり体格も引き締まって立派だった。英語はなめらか
。洗濯のできる場所はないかと聞くと、彼は店の客を連れてきて、
「この男の娘がやると言っているが……」
「ぜひ頼むよ。いくらだい?」
男はビニール袋をつかんで
「フォーダラー、20ケチャレスだ。2時間後に出来上がる」と言って即座に洗濯物を家に持ち帰ってしまった。
仏教徒だというマスターとぼくたちは少し話を進める。彼はオリンピックの後、ずっとカナダに住んで商売をしていたがうまくいかなくて破産。つい最近グアテマラのこの村に来たという。もうすぐ村の女と結婚するんだとも言った。 店内は閑散としている。コーラとナランハとココアを飲んだぼくたちは洗濯仕事から解放されて昼寝の場所をさがす体勢に入る。
「クワント、マスター」
「全部で7ケチャレス、安いだろう」とマスター。
「安いな。やってられないね」とぼくたち。
「やってられねえよ」と軽く笑うマスターの表情は悪くない。

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