僕のとなりの国にいるちがう顔の人たち


VOL.16

シャブシャブの送別会

承徳・中国  Sketch by Kiichi Suzuki

承徳・中国

 


今回は中国河北省、首都北京の北東250キロ、熱河のほとりにある承徳の町で開かれたぼくの送別会の夜のことを話そう。
承徳には11日間滞在した。旅の町の滞在期間としては比較的長かった場所である。理由は面白いストーリーが次から次へと生まれて移動したくなかったからである。そのストーリーを順次紹介しているとこの町だけで一年分の原稿が埋まってしまう。ということで物語りの発端と展開は省いて最後の夜だけなのである。
送別会の場所は承徳自由市場の近く、西域斉飯館という羊肉シャブシャブ屋である。まず同席のメンバーを紹介しよう。
王海林、中医科医師37才、人体はむろんカセット、ラジオ、スライドプロジェクター、ウォークマン、電気関係の故障はなんなく修理してしまう名医である。王海梅、語学教師27才、学生たちに慕われる若き女性教師、趣味は幅広く音楽を聴くこと。劉衛民、中医科医師27才、少林寺拳法で鍛えた足は空高く上がり、レンガなどは空手で軽く割ってしまうのである。3人とも承徳医学院の愉快な先生たちである。
4人でシャブシャブを二盛(いい加減にしてくれという量である)、めずらしい野菜数種類をガツガツ食べながら楽しかった承徳の日々をふりかえり、たわいのないおしゃべりが続く。王海林は、
「シャブシャブ、本当は冬の方がおいしいですね。肉が締まっています」「10月のショウガは薬用にんじんと同じです」と漢方医らしい発言である。
王海梅は、ぼくのために丁寧にプーレ・ビーチュウ(承徳産ビール)のラベルを剥がし、劉衛民は、
友好というのは、シャブシャブのように心がポカポカするですね」「ぼくの友達は自転車のようであります」 彼はとにかく面白い日本語を話すので笑えるのである。
4人とも満腹のほろ酔い状態となり、自転車を引っ張って食後の散歩がてらに、まず王海梅の見送り。まだ賑やかな市場を抜けて医学院の教員宿舎まで少し肌寒い風の中をゆっくり歩く。劉衛民が、『象風一 』(風のように)という美しい歌を口ずさんでいる。暗い夜道にはランプのない自転車がベルだけ鳴らしてうごめいている。

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