僕のとなりの国にいるちがう顔の人たち


VOL.17

記念的スケッチ

グアテマラ・アンティグア  Sketch by Kiichi Suzuki

グアテマラ・アンティグア

 


MARZO 1993 12(VIERNES)−1993.3.12(金)
今日のアンテイグアはとても暑い。しかも、午後に入ってからは小さな龍巻のような風が出てきた。15時41分、スケッチ終了。鳥がよく飛んでいる。カラフルな家並みと石畳は美しいのだが、渦巻く風やトラックが通り過ぎるたびに、スケッチもろとも埃まみれになってしまった。雲行きもあやしくなってきた。
このスケッチについての現場メモである。アンテイグアの午後の光と旋風はかなり強かったので、建物の影は濃く、道行く人はまばらであった。
描いていたのは街角のブティックの店先。入口に腰をおろして黙々と作業を進めていたのだが、初老の主人は終始静かに見守ってくれた。スケッチが終わるとしばしスケッチを眺めてほほ笑み、風景と見比べてしっかりうなづいた。 スケッチを抱えてとりあえず宿に向かう途中、通りがかりにタイプライター教室を見つけた。15〜6人の生徒が女性教師の指導のもとに熱心に作業をしている。石畳に面してドアが開いているので、ついついのぞいてしまい、唐突に出来立てのスケッチを入口近くの若い娘に見せ、この絵の下にタイプを打ってくれないかと、なぜか頼んでいた。(スズキキイチはこういうことが好きなんだなあ。) 娘はしばしスケッチを見つめ了解し、何と書くのかとぼくに目で問い、ぼくの名前の走り書きを見ながら早技で、 GUATEMALA,ANTIGUA. KIICHI SUZUKI と打ってくれた。
こうした経緯で生まれたこのスケッチは、ぼくにとって記念的なスケッチになった。理由は、初めてスケッチを売ったということ。今までなかなか手放す決意がつかなかったのだが、去年の秋、三鷹のグレギャラリーで展覧会を開いた時、これから描くスケッチは売るということをうっかり公言してしまった。二年以内に出来立てのスケッチをお届けするという突飛もない発想に対して、さっさと前金を払ってしまったのは教え子の原智子さんであった。原さんは、ぼくにとって武蔵野美大の教え子第一期生でもあるのだが、スケッチ発売第一号にもなってしまった。原さんにアトリエで数ある最近のスケッチの中からこの絵を選んでもらった後で、たまたま居合わせた作家の永瀬嘉平さん、エディターの堤基子さんと神楽坂の居酒屋で楽しいおしゃべりをした。スケッチの作法や絵が家の中で親しまれることについて4人でわいわい話しているうちに、絵を手放すのもいいものだなあと思えたのだった。

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