僕のとなりの国にいるちがう顔の人たち


VOL.19

アドリア海の真珠

ドブロブニク・クロアチア共和国  Sketch by Kiichi Suzuki

ドブロブニク・クロアチア共和国

 


ドブロブニクはイタリア名ラグーザ(RAGUSA)。 中世において地中海最強を誇ったラグーザ艦隊の本拠地である。「アドリア海の真珠」と呼ばれるこの美しい町は、文字通り白い城壁によって、貝のように閉じている。(1992年の内戦で町はだいぶ壊れてしまったというが、どの程度の打撃を受けたのだろうか)
まず、ぼくは山側の城門から町の中に入り、低い谷部にあるプラカと呼ばれる広場に降りて行く。時折、立ちどまりながら、深く鋳ぬかれたような街路に面して並んでいる家々を眺め続ける。分厚い石やレンガの壁に取り付けられた古い鉄のランプが一つ、また一つ灯されていく、と同時に、ぼくの中に地下水のように何かがしみこんでくるのを感じる。いい町だ、と思わず深呼吸。
サマーフェスティバルでざわめくプラカを抜け、旧港に出て城壁外周のプロムナードを歩いてみる。防波堤の突端に座りスケッチブックを取り出す。陽が城壁の向こうに沈もうとしている。刻々と闇に消えていく町のフォルムを追ってぼくは筆を走らせる。
スケッチを終えて、暗くなったドブロブニクの街路を歩く。プラカ(広場)から肋骨状に伸びた通りを一本一本確かめていく。迷路というほどではないが、少しずつ蛇行している。美しいアーチに切り取られた街路もある。歩くほどに積み重ねられた石壁の厚みを感じる。その粗い質感を感じる。歴史を感じる。人の生きた記憶を感じる。舗石の一つ一つにもそれを刻んだ石工や労働者たちの影を感じる。
ぼくはひたすら夜のドブロブニクを歩く。カルカソンヌやアビラのような城塞都市を歩いた冬の日の感覚が重想する。確かあの町でも、長い過去と風土と堅固な都市壁に守られながら、何かを踏みとどまるように素朴な建物たちが肩を寄せあって脈々と現在を生きていた。
街角のレストランの匂いに誘われて夕食。ピボ(ビール500 )を飲みながら、ウィンナーシュニッツェルとポテトサラダ、それにフランスパンをかじる。前の席にいた初老の男がロザという透明な酒をごちそうしてくれた。強い酒だ。酒を舌に転がしながらフレンチポテトを食べるのがコツだという。男の名前はジョアフォー・アリーア、職業は機械技師。仕事関係で大阪に日本人の友人がいるらしく、身振りを交えて一生懸命話してくれるのだが、土地の言葉はぼくに全く伝わらない。それでも男は気持良さそうにしゃべり続け、ぼくはできるだけ熱心に耳を傾けるのだった。

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