僕のとなりの国にいるちがう顔の人たち


VOL.20

トルコの小さな町で

ベルガマ・トルコ  Sketch by Kiichi Suzuki

ベルガマ・トルコ

 


浅い夢の中で町の雑踏が聞こえてくる。今日は肌寒い日。市場に向かう荷馬車の車輪が舗石に軋んでギシッギシッと音をたてている。新しい旅の朝が始まろうとしている。
ベルガマの朝市風景は新鮮だ。路地や不特定に広がった小さな広場の中で、いろんな店が出る。元気な少年の掛け声が飛んでいる。中でもチーズ売場は圧巻、様々な種類のチーズが竹篭に入って並べられている。パンのような形、豆腐のようなもの、粟のようなもの、粉状にボロボロになったもの……、少しずつ口に含んでみたりする。塩味の効いているチーズが特においしい。
立ち並ぶ仮設小屋は簡単にスレート屋根がかけてある。かなりの人だかりだが、よく見ると地味なブレザーを着た土地の男たちばかり、黒い衣装の女たちは意外に少ない。
強くなってくる陽射しに誘われてアイスクリームを買うと、一人の老女が静かにぼくを見つめている。それは物乞いの表情をはるかに超えて哀れだった。ぼくは無意識にアイスクリームを老女に渡してしまう。彼女は黙って受け取ると、けだるそうに歩きながらの人混みの中に消えてしまった。
気を取り直してということでもないが、ぼくは市場の脇にある大衆食堂で腹ごしらえとする。朝食を兼ねたちょっと早めの昼食で、注文したのはナスの油いためとピラフというあたりまえのもの。ところが、しばらくすると、いつのまにかあの老女が店頭にあらわれ、路上からぼくをじっと見つめていた。目があうと、わずかに物乞いの仕草をした。ぼくは黙って食べ続け、うさんくさそうに店員は彼女を追い払った。そして老女はあの放心した暗い足取りで去っていった……。
その時、一緒に食べればよかったという後悔に似た感情もぼくの中にあった。あの哀れな老女は、これからもずっと、あのようなけだるい歩みを続けて生きていくのだろうか。
ベルガマの市場の活気は相変わらず続いている。

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