僕のとなりの国にいるちがう顔の人たち


VOL.30

大地の家

スリナガル・インド  Sketch by Kiichi Suzuki

スリナガル・インド

 


スリナガルに行った時の話。
インドとパキスタンの国境にジャンムーという町があって、そのジャンムーからスリナガルまでバスで約15時間かかる。バスにそれだけ乗るのは大変だなって思うかもしれないけれど、旅に出るとそのくらいの時間は何でもない感覚になる。たとえば船に4日間乗るなんてこともあったし、バスで3日間も砂漠の中を走るということもあった。
15時間位はなんでもない、そんな感覚で走り出したのだが、実際は38時間もかかってしまった。スリナガルへの道は、結構落石があったり、ガードレールもない険しい崖の道。谷底にはバスやトラックがゴロゴロ落っこちている。ヒヤヒヤしながら、車内で祈るような気持ちで厳しい風景を見ていた。
でもやはり、落石事故に遭遇してしまった。延々と長蛇の渋滞、バスは全く動く気配がない。名もない村で停泊することになったが、地元の乗客は全然慌てていない。少しぐらいパニックになってもいいのに、みんなポカンとしていて、それが当然という顔。感覚が違うんだなあと思って、ぼくは彼らを観察しながら、こんなことを考えていた。
一寸先は闇、という言葉があるが、旅も人生も何があるかわからない。突然の混乱状態、異変、思いもかけぬ状況、……その時には、とりあえず慌てる、だけどその状態をすばやく自然体にもっていき、さらに徐々にクリエイティブな状況にもっていく、という精神的な構えが大切だということかもしれない。
で、スリナガルの場合、一晩バスが村で停泊する。あきらめの心境である。かなり寒かったので、隣の席に座っていた青年アリにセーターや毛布を借りて一夜をやり過ごした。朝、目覚めるとまだバスは動く気配がない。そこで雨上がりの丘陵の村を散歩しながら、久し振りに野糞をした。草の中で気持ちがいい。白い蝶が舞っている。
しかし、本当に偶然なんだけれど、ここからストーリーが立ち上がってきた。ぼくはそこで、やおら大地の家を発見する。その村の家はすべて大地の家だった。つまり大地を両手でつまんで持ち上げて出来ているような家である。大地だと思って歩いているとそこは家の屋根だったりする。だから注意深く周囲を見渡すと、あそこにもここにもといった具合に家が隠れている。その後のぼくはといえば、目を輝かして村落を歩き回りスケッチを始めることになる。
落石事故に感謝、バスの発車はできるだけ待って欲しいという気分だった。

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