僕のとなりの国にいるちがう顔の人たち


VOL.37

チェンライの女

チェンライ/タイ  Sketch by Kiichi Suzuki

チェンライ/タイ


夜行バスのチケットを買った。ちょっとハードだがこれで明日の朝はバンコクである。ぶらぶらとチェンライの町を歩いて、賑わっている食堂に入り、ちょっと遅い昼食とする。どれを食べようかな、と写真入りのメニューを繰りながら、いつものようにのんびり迷っていると、スダ・サクンウェイスさんという女性に声をかけられた。たどたどしい日本語だがまあわかる。
「あなたは何を食べたいですか」
……うーん、何がおいしいんですか」
「カレーがおいしいと私の娘が言っているよ」
まだ高校生だというかわいい女の子がニコッと笑ってカレーを食べている。彼女の名前はニルボン・スックレン、愛称ネン。
ということで「ぼくもカレーにします」となったのだが、これがマズイというか口にあわない。スダさんはやさしくも「やっぱり、ラーメンにする?」と言ってくれたので、「……はい」と、ぼくはおとなしく従う。簡単な話をしてみると、どうやら彼女は茨城県の牛久に住んでいるようなのである。久し振りの里帰りらしい。ちょっと複雑そうでおもしろそうな人だなあ、と思いながら最後にココナツのアイスクリームを食べて、さて勘定はというところで、さっと彼女が全部払ってしまった。すばやいなあ。
そしてスダさんは、「今から家に来ませんか。ここから私の車で20分、近いです。ウィエン・チャイという小さな町。泊まってもいいです」 ネンも笑っている。「行ってみたいんですが、バスの時間があるんです」とぼくは切符を見せて、残念そうな顔をする。
 スダさんは「これはどこで買った?キャンセルしたらいいですね」とかなり強引である。その切符を持ったままスダさんはサッサとバス会社に行ってキャンセルしてきてしまった。またしてもすばやい。(まっ、いいか)
スダさんの車で約40分、途中寄り道をしてウィエン・チャイに着いた。彼女の家はオープン・マーケットを経営していて、母親や弟妹や友人たちが大勢出迎えてくれた。スダさんは仲間にぼくをいろいろ紹介している。
しばらくそこでぼくはニコニコとし続け、一段落してからマーケットのスケッチを始める。すっかり日が暮れてしまった。
スダさん一家と豪華なチェンライ料理の晩餐会が始まった。……きわめて明るい家族だが、スダさんの父親は8年前に亡くなり、夫とは数年前に別れてしまったと言っている。その後、ぼくは久し振りのホットシャワーを浴び、写真のアルバムを5〜6冊丹念に見て、スダさんとネンが歌うきれいなタイの流行歌を聴いて楽しい夜を過ごしたのだった。

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