大地の家に住まう人々の真心に触れた旅

2002 神楽坂建築塾 番外講座ツアー感想文

中国の地下住居ヤオトンと西安の町を見る
ルート/西安→延安(毛沢東の家→周恩来の家→延安大学→黄土高原・羊家荘→黄河壷口瀑布)
→西安→三門峡(窰底村→廟上村)→西安

「残って欲しい黄河の文化」

楢村徹(建築家)

 十数年前から見たかったヤオトンを心置きなく見ることができ、満足しています。移動距離が長いのにはまいりますが、広い中国、仕方ありません。また、短い期間ゆえもう少し効率良く動けたらとも思いますが、未開地のようなものですから、旅行業者の方も限界があるのでしょうね。突然訪れた村の人々に歓迎され、驚き喜びながらも、暗い歴史の話を聞くと、心に複雑な重い思いが湧き、対処のしようのない我々日本人の危うさも感じることもできました。加速度的な発展の中で、中国政府から「遅れた恥づかしい文化」として抹殺されようとしているヤオトンの本当の現状は、民俗村として保存していたものもあり良く分りません。あの壮大な黄河の黄土が生んだ文化が、良いかたちで残って欲しいものです。
 今回のような建築塾で行っている旅行は、喜一君がバックを背負っての気ままなひとり旅でもなく、パックでいく団体旅行でもないものだと思います。マニアックな好奇心を持ちながらも団体旅行には変わりありません。最後に、新たなヤオトンを求めて行くかどうかの判断を迫られた会議で、「行きたい人」と言われて、いやいやながら手を上げていた方々の顔を見て、「やめましょう」と判断された、一番行きたかった大橋団長の思いやりに拍手を送ります。さすが年の功。
 ヤオトンの村の人々の優しい思いやりを受け、感動したのなら、身近な仲間への思いやりもできるようになりましょう。出ないと最後のホテルの「自己中」の中国人になってします。私にとって色々なことを考えさせられる旅だったような気がします。

「窰底村を訪問して」

磯山 惠(神楽坂建築塾一期生)

 窰底村にとって、何ヶ月ぶりの雨だったのだろうか?ひたすら降り続く雨により予想外の寒さである。バスのカーテンを引っ張がして身を包みながら寒さを凌ぎ、西安からバスで行くこと約4時間。だだっ広い平野の中に広がるヤオトンを想定していたが、以外にもその村は山道を上がった高台にふと現れた。「人気のしない村だなぁ」というのが、第一印象であった。高台に住みつつ、なおかつ潜って住む。その二重もの防備の姿勢が他所者の私達をどのように受けとめてくれるのか、不安であった。しかし、そんな私の不安とは裏腹に私達一行は予想外の「熱烈歓迎」をまさにこの字のごとく受けるという幸運に見舞われた。私達の行く先々で人だかりができる。気がつけば輪の中心。ちょっとした英雄気分にさえなる。そんな村人の優しさに触れたい一心で私達は三日間も通い詰めることとなった。「一期一会」ならぬ「三期三会」。これだから旅はやめられない。
 村人の優しさと同様、「ヤオトン」もその土という素材が持つ自然の温度で私達を包み込んでくれた。「ヤオトン」の中に一歩入ると、かじかんでいた指が一気にほぐれていく。人工的に作られた「快適さ」に慣れている私にとって、この自然の「快適さ」はまるでマジックのようだ。そして、ボールドの天井と身体スケールの一つ一の部屋が、まさに大地に包まれ守られている暖かさを感じさせるのである。「トイレ」もまた驚きだった。藁が敷いてあるだけの部屋である。「どこで用をたしても構わないよ。」というアバウトさ。暗がりの中を恐る恐る探りつつ入るが、不自然な事に匂いが全くしないのである。汚物を排出しているのか、肥料を産出しているのか…。この循環作用がある限り、人工的な容器など不要なのだ。
 「母なる大地」を巧みに使う彼等の生活は、その昔、日本でも当たり前の光景であったのだろう。それが次第に快適性を追求するばかりに、私達は「真の快適さ」を忘れてしまったのかもしれない。「ヤオトン」の中で、自然の快適性に一つ一つ感動する自分が、また恥ずかしくも感じられた。
 帰国した私の心中に、一つの悪感が走っている。「窰底村は、桃源郷であったのではないだろうか?」私が再びあの村に足を伸ばす時には、地下住居も、そこに住む人懐こく笑う村人も跡形もなく消えてしまっているのではないだろうか?それは、このままでは「ヤオトン」が段々と破壊されてしまうのではないかという恐れの気持ちと共に私の胸中を曇らせている。ヤオトンを今のまま息続けさせる手段は、村を観光地化させるのでもなく、「文化遺産」という肩書きを外部から与えるのでもなく、村が持つ財産「ヤオトン」を村人自らが大切に守り、これからも住み続けていくことである。
 近い将来この村にも、中国の急激な高度成長が真っ向から立ち向かってくる日が訪れるのであろう。その時に、異国から来たよくわからなぬ怪しい人々が、ひたすらスケッチをし、メジャーで測り、シャッターを押し、この村の風景を、村の空気を、ひとつひとつ書き留めようとしている姿を一瞬でも思い出してもらいたい。そして、なんであの人々があんなにも自分達の村に感動していたのかを少しでも考えてもらえれば、私達の窰底村訪問が「日中友好」以外にもう一つの意味を成してくるのであろう。


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