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●鈴木喜一・2000年秋の風景/2000.11.5
柿の木荘の柿とスランプの消滅
近頃何かに追われている。何かとは言わずもがな仕事である。この御時世に贅沢だと言われそうだが(まあ確かにそうだが)、満足に旅にも出れなくて困っている。僕の仕事は数えると多岐に渡っている。本業の建築設計は数多く、原稿書きも山ほどあり、アユミギャラリーの企画運営はおろそかにできないし、絵描きとしてのイラスト依頼等も断わりたくない、さらに建築塾あり、美術塾あり、写真塾あり、武蔵美(母校です)があり、千代田(専門学校です)があり、その他もろもろもろとあって、まあつまり現実に翻弄されているといったところです。
こんなことで、世界に迷える旅人と言えるのか?山のような仕事はひょいっと持ち上げてしまうのが君なんだろう?と自問自答して体勢を整えようとしているのだが、日に日に体力は衰え、仕事も進まず、追われている意識だけがどんどん肥大していく。いったいこのスランプ状態がいつまで続くのだろう。スランプ脱出作戦を思いつくまま考えてみた。ひらめきなので根拠は何もない。
1・プリンを買って中庭で食べてみよう
2・セーターを洗おう
3・銭湯に行ってうまいビールを飲もう
4・湯たんぽを布団に入れてぐっすり眠ろう
5・庭の柿の木を取ろう
この5項目をスランプ脱出にあたって成すべきこととする。
まず、プリン。隣りのファミリーマートで100円プリンを二つ買う。一つを病院帰りの渡邉義孝君にあげる。
「プリンはねえ、風邪によく効くんだよ」
「えっ、本当ですか」と彼は目を輝かせる。
僕は中庭で一人プリンを食べながら原稿の校正をする。秋の光がなかなかいい具合で僕の疲弊もいくぶん救われる。
次にセーターを洗う。ついのびのびになっていたセーターの洗濯をまめにする。長いことセーターをビニール袋いっぱいに詰め込んだままだった。ゴメンゴメン。もう冬も近いしなあ、またお世話にならなくては、と言って一枚洗うごとに、原稿用紙10枚分の文章が出来上がる、ような気がする。そしてタオル一枚で銭湯に行く。玉の湯に行って11番の鍵をもらう。11番の鍵とはパウワウの店主、林功幸さんのロッカーの鍵なのである。このロッカーにはあらゆる銭湯用具一式が入っていて楽しい。高価でめずらしいシャンプーやボディーソープがいつも入っている。林さんと僕はイレブンフレンドなので無断で借用しても決して怒られることはない。玉の湯に行くと林さんの寛容な友情に触れた気がして少し心が軽くなる。
その軽くなった心を潤すように、スーパーキムラヤでビールを買う。スランプの時にはベルギー産のシメイトラピストの赤がいい。コクのあるビールを孤独に飲んで、ぐっすりと眠ることにする。湯たんぽを布団に忍ばせる。でもポカポカ熱くて眠れない。スランプ脱出作戦の切り札は柿の木荘の柿取りである。ここ三日、欠かさずに柿を50個取っている。この柿の木は昭和32年前後に柿の木荘の敷地に移植されたもので、それ以前は我が家の庭にあった柿の木だそうだ。取った柿はすべて甘い。しかも今年は豊作で取っても取っても取りきれない。
この甘柿は現在毎日50個、矢来町の本山菓子店の店先で誰でも無料でお持ち帰りができるようにした。自然放置の天然ものなので、水でゴシゴシ洗って皮からがぶりと食べるとすこぶるおいしい。道行く人、ぜひ甘柿を食べて下さい。このような非科学的な行為が僕のスランプ脱出にとって有益かどうかは確かに疑問である。仕事は相変わらず進まない。しかし希望の予感を胸に僕はしばらくこのナンセンスな行為を続けてみようと思っている。スランプはある日、何事もなかったように消滅するはずである。突然、ポンッと。
●遅れている仕事一覧
・榎山荘
・武蔵野美術大学吉祥寺校四号館
・武蔵野美術大学通信教育部テキスト
・岡谷の家
・チルチンびとの野瀬さんに頼まれたイラスト
・画集『語りかける風景』校正
・連載原稿
・その他もろもろ
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