2001年、東京都大田区で門倉邸保存問題がわき起こった。築70年(昭和初期竣工)といわれる木造平屋建ての住宅である。やむを得ず解体撤去の可能性が浮上した同年秋、当工房が移築保存を前提とした実測等の調査を実施する。
その結果、この建物は間取りを含む大幅な改修、増築を加えて、福島県須賀川市に解体移築されることになった。
現在、地球規模で環境問題や資源の枯渇化が取りざたされている。さらに建材がもたらす人間の健康への配慮も活発に議論されている。つまり、持続可能で安全な建築のあり方が強く求められる時代となったのである。
こうした世相の中で、愛着のある家を、経済効率や古くなったからという理由だけで壊してしまうことをよしとせず、大切に守り続けたいと願って、本工事に踏み切った施主門倉規之氏の思いと実践力は尊いものであり、工事関係者がまず敬服したところであった。施主として、単なるノスタルジーだけでなく、住まいと人間の記憶を先代から引き継ぐという視点を確固として持っていたことも設計者としてはうれしかった。
こうしたニーズを正しく受けとめ、同時に現代的な生活の快適さを付加するという設計作法と技能は、これからの建築設計者・技術者にとってどうしても必要なことだろう。
この複雑で長期にわたる工事は、地元の村越建設株式会社および関係協力業者の熱意がなければとうてい実現しなかったといっていいだろう。実測に立ち会い、慎重に解体し、全ての部材に番付を施し、移送して再び組み直す。さらには古材を新材となじませて緻密に接合するという作業は、通常の新築工事をはるかに上回るエネルギーを要した。材と材との取り合いや、歪み・欠損部分の補修、70年を経た素材に見合うだけの新しい素材の選定等については、度々の定例打ち合わせ会を必要とした。また、この打ち合わせ会議に施工の観点から出席し、それを実作に試みてくれたすべての職人さんたちの労苦にも敬意を表したい。
この家の熱環境については、保坂公人氏の長年の研究成果に基づき、断熱性の向上と空気循環ダクトの設置によって大幅に改善された。また安定した地熱を取り込む床下蓄熱の手法も今後注目されるだろう。民家再生の大きなハードルである耐寒対策に関しても、本工事は一つの方向性を指し示す事例となるはずである。
最後に、施主と古くから懇意であったコアネットの森のぶゆき氏の功績を紹介しておく。森氏は当初からこの企画にコーディネータとして関与し、工事終了まで見守ってくれ、時に適切な助言をしていただいた。また、森エンジニアリングの森至宏氏には、造成地であった当該敷地の基礎をしっかり固めていただいた。ここに記してあらためて謝意を示すものである。
2003年1月31日
鈴木喜一(工事報告書序文より)
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