アユミギャラリー・グローバルシアター初公演

馬宿夢幻 PROLOGUE

     
●PROLOGUE・旅の中の夢(パリのサン・ルイ島)/春/トップライトの月/夜のしじまにトランペット
【PROLOGUE】
(セーヌ河に浮かぶサイ・ルイ島の古いマンションの屋根裏部屋。
夜、まだセーヌ河にはバトウムッシュー(遊覧船)が走り、時折、そのサーチライトが窓を 照らしていく)
(男はすでに登場している。机の上で原稿を描いている。馬宿関係の資料が積まれている。赤ワインも机の上に置いてある。部屋の奥には年代物の電話器がある)
1997年春、パリ、東京、南会津……、馬宿をめぐるぼくの回想が始まる。
(ゆるやかにトランペットの音が聴こえている。黙々とシナリオを書いている。)
ゴミは宝の山……、か、大工の棟梁は、仁ノ助……。馬宿の創建は享和元年……。
(万年筆を置いてため息をつく。燭台の灯りが美しい。部屋を歩き回る男。登り梁に頭をぶつける)
あいたっ。いてぇー。いったい、どういうことなんだ。
(記憶のいっぱい詰まっていそうな部屋をゆっくりと見回しながら……)
へんな日本人が来たと思ってるんだろう。 いったいここに、どれだけの人が住んだのだろう。
(見えないモノの気配に向かってやさしく呟きながら、男はトップライトの月を見上げる)
きれいだなぁ。
(机に戻ってシトー派修道院建築分布図を広げる)、そろそろ旅に出るか。
久しぶりに見るロマネスク建築だな。
(男、思いを馳せている……)
呼吸する/光の中で/影を描く/素朴な石の/ロマネスクかな
★  電話の音
(受話器を取り)アロウ……、あっ、もしもし、どうも、ぼくです。はい、聞こえます。…………はい、……はい、…………(話に絶えずうなづいている)…………あぁそうですか。わかりました。…………えぇ、………えぇ、申し訳ありません。わかりました。すぐこちらから指示します。……………………なるほど、…………えぇ、……………………ぼくもそう思います。……………………いや、おっしゃることはわかります。最後の詰めですから、デザインポリシーが末端まで十分に伝わっていなかったということで、申し訳ありません。…………すぐ、戻りましょうか。…………(うなづく)…………、はい、……………………はい、わかりました。では明日にでも、こちらから現場に指示します。…………はい、…………はい、…………えぇ、はい、では、失礼します………………。(受話器を置く)
まいったな。(と、深呼吸…………)
(…………どこからか、猫の泣き声)
【エアメール】
★ コンコンコンとノックの音
管理人こんばんは。(フランス語)
あっ、どうも。(フランス語)
管理人どうですか、住み心地は?(フランス語)
いやぁ、本当に気持ちのいい部屋ですね。安らぎます。(フランス語)
管理人もしよかったら、これ、どうぞ。おいしいですよ。(フランス語)
(男にカマンベールのチーズを渡す)
ありがとう。メルシーボクー。
管理人それに、忘れていたんですが、エアメールが届いていましたよ。(フランス語)
エアメール?
管理人ではまた……(といって、管理人、出ていく)
(エアメールを受け取った男、差し出し人を見て首を傾げる)
……? 誰だろう。シェロス・ティー……?
うーん、しかも南会津の消印。わけがわからん。どれ……。
(と言って、封を切る)
夢の女…………、そちらはどうです。花のパリ。月夜にワインと洒落こんでいるのかしら? いいな、いいな。
今、私はね、とっても大事な問題に向き合っているの。
人が人と共に生きていく。
命あるモノ達と共に生きていく。
自分のまわりのそうしたモノ達と、
どう、コミュニケーションしていくか、ということ。
私はそのことを、今、考えています。
その中で一番大切なことは、何なのかということを……。
(間)
それに私は、やはりあなたが見ようとしている文明のゆくえということについても、抑えきれない興味を感じています。
国籍や階級や言語や生活様式や知的水準を超えたところで、人間的な交わりを得たいとするあなたの眼差しに、興味を覚えます。
そんなあなたが見ているフランスの風景はどんなものかしら……。
(間)
こちらに戻られたおりには、
何かしら話せるように
私自身、感じとっているモノがあるといいな。
(間)
それでは、再会を楽しみにしています。
久しぶりに“あの場所”で乾杯しましょう。
ここでは綺麗な花が咲き始めているよ。
では、風邪などひかないように。
“あの場所”で……?
(わかったような、わからないような、感じでうなづく)……うん。
(男、手紙をテーブルに置く。男、ワインを飲む)
(男はまたトップライトの月を見上げる。見えないモノの気配に向かってやさしく歌う)
屋根裏の/トップライトに/月があり/妖しく笑って/雲間に消える
(窓の外から再びトランペットの音が聴こえてくる)
……………………。
(男、ワインを一気に飲みほす。男ため息をついてテーブルに伏せてしまう。
(寝息をつきはじめる)
【静かに暗転】

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