馬宿夢幻・第二幕
| ●センチメンタリズム/【伝説を生きる】/近未来の広野治朗/伝説を判断し広野治朗の未来を摂取する/すべての美しい夢は経験から生まれる。経験そのものからではない/屋根屋と生活/日常の至福/広野仙吉/澤田正春 ●夢二夜・秋/感傷的に、軽快に、平易に狂暴に(静かに豪快に)、器量風流、尊厳をもって、精神の輝き、虚飾の衣を脱ぎ去って、一切を見透かした月のもの言い、 ●誰と対話しているのか/天体、七森重太、広野仙吉、茅手、馬、過去未来、会津の土地、広野治朗の心に存在する人達、夢の女、夢の男、 | |
| 【月と対話する男】 | |
| (秋の夜、ほのかに月が射している) | |
| 男 | お月様、なんでオラ、酒飲んでんだ? (縁側に男が一人、あぐらをかいて酒を飲んでいる。すぐそばには封の開いた一升びんが一本。そしてガラスのコップが二つ置いてある。男はもう酔っている) |
| 男 | (笑)本当の、本当の話ができっかんな。そういうことです。(笑) |
| BGM (虫の声) | |
| 男 | 感心するな、お月様。おらは……おらは……、安心してんです。でも、本当の話ができるってのは……、いいもんだね、うん。 |
| 月 | でも、今、なかなか、本当の話って、できなくなってきてるの。 |
| うん……うん……、おれがしてんのは、本当の話です。 | |
| 月 | (笑)ここに来るとね。本当の話ができるの。 |
| 月 | ……ん…………まだまだ! |
| まだまだ?(笑) | |
| お月様、そりゃぁ、酒のせいだ。 (男、自分のコップを手に取ってじっと眺める。そしてお月様に掲げるように上げ笑う。そして、男はグッと酒を飲む) | |
| 月 | そろそろここの風景も黄金色や深い紅色に染まり始める頃ね。 |
| 男 | 昔はよ。んーまぁ今でもそうじゃけんじょも、冬は仕事になんねぇかったな。百姓なんてのは、一年中やってらんねぇのよ、ここじゃあな。 おめえ、遊んでらんめえ、 だから屋根屋さやって、生活の足しにしたね……、したのよ、ヘッヘッヘッ……。 よくやったもんだ。(笑) 屋根屋なんてのは一人でできねぇ仕事だからな。だいたい今頃によ、 百姓仕事できなくなってくっから、雪さばーっかりでよ、 百姓仕事なんつ、できねーのよ。 だから、 屋根屋の仕事さ、みんなで行ってたな。 山さいくつも越えて、けっこうな人数でまわってよ……。 お月様、おめぇ、屋根屋の葺く仕事さ知ってっか? |
| 月 | 屋根を葺く? |
| 男 | 何だおめぇ、おらが酒さ飲んでんの知ってんのに、屋根葺きのことさ知らねぇだか。 |
| 月 | (笑)ごめんなさい。 |
| 男 | (笑)屋根を葺くってのは、 おめぇ、今は違うけんじょ、昔はおめぇ、家の屋根ってのは、みーんな草屋根だったですよ。みーんなそうだった。 それしかねぇのよ。それが当たり前だったな。それで、 その草屋根を葺き直すんです。うん、手でな。昔はおめぇ、 何もねぇからよ、手でやったのよ。素手で、まっ黒になってよ。(笑)……、 そんで、やっぱり草だから、茅、茅だっておめぇ、一生もつもんじゃなし、腐ってだめになるでしょ。 だから、それをまたもう一度葺き直すんです。(笑) あっ、そうだ、お月様、おれも近頃、かかあとよくしゃべんだよ。昔、お世話になった家へ行ってみるとな(笑)、これがおもしろい。もう、道路も変わっちゃってるしね。 草屋根なんてないですよ。トタンとかなっちゃって、もうなーんもないです。 百姓仕事だってそうです。 昔も、そりゃあ大変だったけんじょ、でも今とは違う。昔は何でもこの体ひとつでやってたですよ……、昔はよ……。 (男、酒を飲む。そして深い、深いため息をつく……) |
| 男 | ふ っ、 ……………。 お月様、 お月様ってゆうたら、だいたい、わかっぺぇと思うんだけんじょ、 ……やっぱりあれだなぁ……。 これ、世の中、時代だべか……。 ……あの……、だけんじょ、ん、 ここでも人がいねぇ、足りねえってのは、その、……何だべ、これ。 ……日本で、世界で……。 昔だっておめえ、ここだって人がたくさんいたわけじゃねぇ。 そんなの今と少しも変わらねぇかも知んねぇな。 いや、昔の方が、今よりぜんぜん少なかっただ。 でも、人が足らねぇってことはなかっただ。人がいなくて困るってことだって、なかっただ。 なのによ、 なのに、今、お月様、 このひとつの星一個に、もうたっくさんの人間があふれてんだろ? どこさ行ったって、人間、人間、人間だ。 ……おれ馬鹿だけんじょ、それぐらいは間違いあんめぇ。 だけんじょ、 だけんじょ……、何で人が足りなくて困ったりしてんだ? (虫の声だけが聴こえている。そして月の光は唯ずっと、男のいる縁側にやさしく音もなくふりそそいでいる) |
| 男 | 生活をしてきただ。 生活そのものをしてきただ。 なのによ。 人が足らなくなったっつうことだけで、 おらぁ、生活が、できなくなってきただ。 それでよ、お月様。 おれ、聞きたいことがあんじゃけじょも、 いや、おれ馬鹿だから……、馬鹿だから、本当のところ、わからねぇ。 本当、きびしい仕事してきただけだから。 (間) |
| お月様、 何で人が足んなくなるだ。 お月様、教えてけろ! | |
| 月 | 今、どうして人が足らないのか。 うん、それはね、モノを壊すからだと思うの。 |
| 男 | (?)……ん……、教えてけろ! お月様! だてにおれ、酒酔っぱらってんじゃねぇぞ! ……なぁ……。 本当の話、しゃべってけろ、ちっと、お月様。 おらぁもう、それっだけ、しんぺーだ。 おらぁ、しんぺーだから……。 ……まったく、世の中、何を考えてんだか……カァ ! ツァ……。 ……いやいや……。 (男、黙って一人で酒を飲んでいる。一人で、黙って……) |
| 月 | ふくろうが鳴いている。 |
| 男 | (?) (すると遠くで、ふくろうが鳴いているのが聴こえてくる) |
| 男 | (?) |
| 月 | もうすぐ雨が降るわ |
| 男 | (?) …………お月様、ふくろうが鳴くと、雨が降んのか? そっただこと、おらぁ生まれてこのかた、聞いたことがねえぞ。 |
| 月 | ……尊いの |
| 男 | (?) |
| 月 | ……古き世に、つがれる心に、 私はその姿を目にすることができました。 |
| 月 | ……何だ? ……(大笑)。 お月様、(笑)お月様も、あれか。 酒に酔っぱらったか(笑)、けっ……。 お月様もあれだな、ちょっと、本気になって考えた方が、いいかも知んねぇな。 |
| 月 | (笑)そのようね。……(笑)……。 ねぇ、屋根屋さん。 その、屋根屋さんが大事にしているもの、ちゃんと大切にしまっておいてね。 |
| 男 | 大事にしてるもの? あったりめぇだ、お月様。 そっただこと、言ってらんねぇよ。 おらの大事なものは、この家と、うちのかかぁだ。 カァッ……、そんなもの、こわせるわけがねぇ。 ……ん、まぁ、かかぁはこわせっかな(笑) でも、この家は、こわしたくねぇな、うん。 ここはよ、 おらの生活があんべ。 だから、お月様。こわせって言っても、 これは、なかなか、こわせるもんでねぇな。 |
| (笑) | |
| 男 | でも何だね。そんなこと言ってらんねぇけんじょ、……言ってらんねぇけんじょ、でも、そのような考えで、酒飲んでやってられんのは……いいこったな。 いいことです。 (静かに、本当に静かに、やさしい雨が降ってくる) |
| 男 | あれ? |
| BGM | |
| 月 | (笑)ねぇ、私にもお酒ちょうだい。 (見るといつの間にか、男はお月様のお酒まで飲んでいた。男はあわてて奥に行った女房を呼んで、新しくお酒を持ってこさせる。女、お酒を縁側に持ってくる。女、お月様の、その空っぽになったガラスにお酒をつぎながら……) |
| 女 | お月様、すすきかかぁに酌かけて、飲む晩酌に毒はなし、ってな。 |
| 男 | (笑)けっ…………。 |
| 女 | この人、飲まねぇ時、いい人だ。でも、飲むと駄目だ。焼酎できたえてきたから、365日、晩酌楽しみで働くっちゅうから……。 |
| 男 | いいから奥いってろ、お前は黙れ! (女は、はいはい、と言いながら、男が食べたものを片づけて縁側からカッテに入って行く。相変らず、縁側には月の光が射し込んでいる。男はそんな空の雨を、唯じっと眺めている) |
| 月 | …………屋根屋さん。雨ってね、いろんなモノをきれいにしてくれるの。 ……(笑)。それにね、新しく、いつまでもいる、あたたかい生命をふきこんでくれるのよ。 |
| 男 | ……お月様、 お月様も、晩秋の酒に、酔っぱらったか (静かに雨が降り続けている。そしてBGMと共に、ゆっくりと暗転ヘ。徐々にフェイドアウト) |
| 【暗転】 |