VOL.3
VIET-NAM  photo and sketch by Kiichi Suzuki

VIET-NAM


1992年の秋、7人でベトナムを旅した。
プチパリと呼ばれているサイゴン、古都フェー、メコンデルタの田舎町ベントレ……、インドシナの光と熱風と土ぼこりを浴び、サイゴン河や香河(フォンジャン)の渡し舟に幾度となく乗って、毎日違う雲や夕陽や月を見ていた。 と言うと大分時間が経過しているように思うだろうが、昨日の深夜、香港経由のCX508 便で帰ってきた直後なのである。同行メンバーの一人、岡山の友人建築家楢村徹さんが神楽坂の我が家で安堵の一夜を過ごし、サイゴンのベンタンマーケットで仕入れたばかりのベトナム産モカコーヒーなどをいれて二人で遅い朝食、しばし旅の連帯的余韻に浸ってから彼は帰岡したのである。この原稿を書いている今は、1992年11月15日の午後、晴れ、旅の疲れさほどなし。 さてもう一杯おいしいモカコーヒーを飲みながら、出来立てのベトナム・シャ
ングリラ・スペシャル・ストーリーを反芻してみよう。
……VIET-NAM EXPRESS SSS。

旅が軌道に乗った初日夕刻の印象からたどろう。
11月1日18時25分、越南(VIET-NAM)入り。夕暮れのタンソンニャット国際空港からサイゴン(ホーチミン)まで約7キロ、サイゴンツーリストのミニバスの窓から手を出して、まず濃密な空気と町のざわめきをつかんでみる。秋も深まっているというのに快くじわーと汗ばんでくる。いつともなく体はのりだして窓外を見続けている。
……流れている。ゆっくりと河のように、道が溢れかえって流れている。しかも人々の生のうねりを感じさせるようにパワフルに流れている。圧倒的に多い自転車、そしてオートバイ、シクロ(人力車)、人、車、トラックが、暗い道路をうごめき行き交っている。よく見るとセーフティーゾーンには眠っている人たちもいる。道路際には屋台が並び、歩道に迫り出したカフェーでくつろいでいる人たちがいる。そして並木道が続く。これが風のうわさのサイゴン・トラフィック・カオスというものか。しかし、その動きはマジックのようにするすると流麗というか柔らかで洗練されていて軋みがないのである。ベトナムのたくましい生活のエネルギーが雑多に配合されて流れていくように。

以後14日間、ベトナムは南にしぼってダナン、フェー、ホイアン、ナチャン、ダラートと歩き回り、そして再びサイゴンに戻り、ミト、ベントレのメコンデルタを少しのぞいた。移動手段は飛行機、ミニバス、鉄道、シクロ、船、ランバタ(三輪乗り合い自動車)、オートバイタクシー、市バス、貸自転車、小舟などを自在に駆使して、しかも予定変更多々有りの脱線ツアーで、国営サイゴンツーリストをかなり困らせたのであった。
訪れたどの町もそれぞれに印象深く……、というのが今の正直な感想だが、あえて何処がと問われたら、サイゴンとベントレと答えるだろう。
メコンデルタの町ベントレには、ミトから偶然の必然のように飛び乗ったランバタで運搬された。粗野だが頑丈な木の橋が二つメコン河に架かっていて、その河岸には美しい草屋根の集落が連続している場所だった。そこでキム・ドンたちに出会ったりして、一瞬のうちにそのワイルドな日常風景の旋律に包まれてしまう。
そこには人々の素朴な目の輝きの強さがあって、ぼくはその美しい目に射抜かれるように打たれてしまった。我々がもうすでに失ってしまったあの瞳のきらめき……人の目が透きとおるように生きている、その目は現実の世界とともに遠い星や月の世界とも直結しているようである。
あれはまさしくシャングリラの楽景であった。/td>

 


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