VOL.4
KOREA photo and sketch by Kiichi Suzuki
韓国
《浦項》
1991年元旦。活気の溢れるポーハンのシージャン。酷寒の中、一日中ワカメを売るたくましいアジュマの後ろ姿をアップにして絵を描き始めたら、女は、時々、進行具合をのぞきに来て、ヒップを強調し過ぎていると高らかに笑い飛ばしながら気にいらない素振り。仲間のアジュマに楽しそうに告げ口している。路上にどっかり腰をおろして毎日を過ごしていくアジュマたちは、みんな飾らず化粧気がない。だが、その顔はすこぶる健康そうでしっかり者、生活力に満ちていた。シージャンとは市場のこと、アジュマとはおばさんのこと、これにポージャンマチャという屋台を加えて、路上に元気な三角形が成り立つ。
《三千浦》
旅が何日か過ぎて、風景の中に遠い過去の経験を思い浮かべたりする頃、ぼくはようやくスケッチがしたくなってくる。ただ無心に対象に浸っていたくなってくる。駆り立てられて、荷揚げも終わって人影もまばらな漁港に急ぎ足で下りていく。島々ばかり……。陽が落ちかけた波止場に停泊している小舟、空には無数のからすが飛んでいる。……風の強い乾いた冬の空気。……描きながら冷えていく体の中に、旅の一日の風景がかすかに繋ぎとめられていく。
《ポージャンマチャ》
《忠武の犬》
《慶州仏国寺》
《安東河回村》 |
……たまった韓国の旅日記を読み返している。 韓国南部の港町をここ4年ほど歩き回っている。冬ばかり……。すっかりなじんだ、とまではいかないけれど、たどるたびに親しくなる道のようでもある。 訪れた主なところをあげれば、釜山(BUSAN)、忠武(CHUNGMU)、三千浦(SAMCHEONPO)、 浦項(POHAN)、麗水(YOSU)、といったった多島海沿いの港町が多い。地図によれば、慶尚道および全羅南道といった地域である。移動手段のメインはバスだが、快速水中翼船エンジェル号もよく使った。これで閑麗水道と呼ばれている美しい海岸線や無数の島々を見ながら、この海には忘れてはならない侵略の歴史の数々も深く沈められているのだなと思いつつ、今は何事もなかったように穏やかな海上を流れるように走っていく。 木浦(MOKPO)から韓国西南端の離島、黄海に浮かぶ紅島(HONDO)という奇岩の島に行ったこともあった。草青色の海が荒れに荒れてその小さな島に元旦から3日間、しっかりとじ込められたことがある。外は厳寒な上、海のほかには見るべきところもないので、日がな一日、民宿のオンドルパンに敷いた温かい布団にもぐって、下関の古本屋で買った本を読みながら、時々、ウトウトと眠っていた。というような情景は、ぼくの旅の中でよくあるシーンの一コマなのである。 韓国への旅は、夕暮れ時の関釜フェリーに乗るまでの余剰時間を使って、下関の町をゆっくり散歩することから始めている。町を歩いていて必ず行ってしまう場所は、竹崎町3丁目の長門市場、リュックを背負ったまま何度も行ったり来たりしている。その先の古書館専門店『ころんぶす』という古本屋、ここでは長居をして旅の中で読む一冊の本を買う。ぐるっと町を回って『ベレー』という渋い喫茶店に立ち寄りコーヒーを飲む。年の暮れも押し迫った下関には、なぜかいつも冷たい雨がかすかに降っている。
韓国で描いていたスケッチの話から始めよう。 |