誰にも見えやしないけれど光が静かに流れてる  Vol4
ネットテクノロジーの発展とリアリティの価値

望月祐志(YM)×鈴木喜一(KS)

KS● 前の対談からもう半年以上経ったね、ギャラリーにもご無沙汰だったけど……?

YM えぇ、転職したり、家族のケアが突発的に入ったりしまして……、ちょっとバタバタしていたんです。(笑) 転職した一番の理由は、プログラム(専門の理論化学のもの)を自分でつくりたくなりましてね。ま、自分で『家』を設計して、それで自分自身で建ててしまうということをやりたくなったんです。机上の理屈ではなくて、ちょっと例え話になりますけどね。出来た『家』はもちろん自分でも使うんですが、他の人にも使ってもらって感想を聞いたり、『欠陥』(バグとも言う)を指摘してもらって、それをすぐに直したり、というフィードバックを期待していますし、その過程でいろんなノウハウが自分の中に得られると思っています。建築の世界でも、似たようなところはあるのではないですか? やはり、『現場』を知ってこその設計とか、あるいは職人さんたちとの協同作業(家は一人では建てられない)の大切さとか?

この対談はインターネットを経由したバーチャルコミュニケーション であり、「Vol.1」 「Vol.2」「Vol.3」の続編となるものである。

KS それは、もうその通り。いろんな人たちの協同作業という意味では、建築はまさにそうなんだ。「いい家をつくる」という強い意志をベースにして、それぞれの技能をフルに発揮してもらってはじめて家ができるんだからね。でも、プログラムと違って、「とりあえずベータ版でスタートして、おいおい直していこう」なんてことはできない。初めから雨漏りなんかしちゃダメだから(笑)。まあ、長くメンテナンスするという意味なら同じかな。それから最近、建築ブームみたいで若い人も関心を持ってきているけど、かっこよさとかきれいさだけではなくて、実際に建てていく『現場』を知って欲しい。ま、それはなかなか難しいのだけれど、竣工してからでも、出来たら実際に見に行ってみることが大事だよね。建築写真で理解することだけでなく、やはり建築は実際に空間体験してみないとわからない。

YM なるほど、やはりそうですよね。建築写真って大橋富夫さんをはじめ、それだけで作品になっていて、私も大好きなんですが……、現場の空気っていうか、人が居て、それが使われている様子を知るっていうのも大事ですね。ただ、みんながみんな行けるわけでもないですし。それで、ま、光というかネットに関連する話にもしていかなくてはいけないのですが、(笑) ご無沙汰していた間に、STAMP/PhotoWalkerというおもしろいツール・作品を見つけたんですよ、デジタル写真群のコラージュによる空間の再構成・認知を意図したものなんですが、主開発者は、田中浩也さんです。田中さんは[建築文化]での連載がありますし、最新の666号の特集(アンダー35のポテンシャル)の中でも取り上げられています。また、INAXの[都市/建築フィードワーク・メソッド]の中にも田中さんがご自分でSTAMPのコンセプトや応用例を解説しておられます
 

ベータ版……ソフトウェア開発の最終段階で、最終安定版として公開リリースする前の段階です。ベータ版テストは普通、ソフトウェア試験者の限られた人たちの間で行われるか、ソフトをテストしたいという人に向けて公開されます。【newzillaより】

 

 

大橋富夫氏……写真家。1932年三重県生まれ  土門拳、林忠彦に師事 1960年フリーに。【写真集・写真著作】『現代和風建築集』3・4・7巻 講談社 『目でみる精神医学』文光堂 『花数寄』彰国社  黒川紀章『建築の詩』毎日新聞社・1993 『住まいの近景遠景』彰国社・1994
【個展】「その場・その時−東京下町人間空間」1994・東京 「屋根の記録 −日本の民家−」1995・東京ほか。
【主な掲載誌】『建築文化』 『住宅建築』

 

※……ミュージシャンでもある田中氏は「建築において、『CD』がPhotoWalkerに相当し、実際にそこをユーザが訪れることが『ライブ』に相当するとよいと思っています。つまり、建築家が自身の構想した空間をデジタル&バーチャルに表現するためのツールがPhotoWalkerで、それは『実際の建築へとユーザを誘うためのコンテンツ』、あるいは『リアルの補完』とみてもらえばいいのです」と望月氏とのメールの中で語っている。

KS ほほう、それは、ちょっと知らなかったなぁ……。どれどれ……、中国もあるね。なるほど、単純なハイパーリンクの次を行く、なんて面白そうだね。クイックタイムVR自体に感動してたらもう遅いってことかな(笑)。でもこれ、僕のCPU(120MHz)ではしんどすぎるなあ……。光ファイバーなのになんとかなんないの?

YM いやいや(笑)、これは『違う問題』ですから、マシンを新しく、どうでしょう最新のG5でOS-Xあたり、そろそろアユミでも投資されてもよろしいのでは?……とか。(半分本気で)ま、それはおいておくとして、アプリケーションとしては、MacromediaのFlashを使ったものなんですけどね……。写真をWeb・ハイパーテキストで言うノードとし、それをリンクで関係付け、2つの写真の間をモーフィング・ワーピングの技術で繋いで見せることで擬似的な3次元空間を『演出』してくれるんです。 なんだか、建物やまちを実際に歩いているような感じですよ。実際、道案内や駅なんかの構造を見せる(駅自体がリンクとノードの集合体と見做せる)のにいいです。田中さんは、新宿駅(BGM付き)や渋谷なんかを作品にしてます。渋谷の別の方の作品では録音した音を配したりもしてて、臨場感が増しておもしろいですよ。

KS ふーむ、なんだかすごいことになってるなぁ。(笑) 主開発者の田中さんは、元はアート系の人ではないみたいだね。 

OS-X……UNIXの岩のような安定性とMacintoshの使いやすさを合わせ持つアップルコンピュータのOS。オーエステンと読む。

 
http://www.apple.co.jp/macosx/index.html

 

 

Macromedia Flash……ウェブブラウザに動画コンテンツ再生などの機能を追加させるプラグインの一種。比較的軽い容量でスムースな動きを実現させる。
http://www.macromedia.com/jp/

YM えぇ、情報工学が元々のご専攻と伺っていますが、東大の大学院で都市論や建築の分野へにシフトされたようです。現在、芸大や多摩美でも教えておられるそうです。

KS 異分野からの参入ですね。(笑) そう言えば、アート系でデジタル写真表現の先端を走ってるムサビ(デ情)の佐藤淳一さんも元は機械工学で、しかもインターネットのエンジニアでもあったんだよなぁ。
 

佐藤淳一氏……http://jsato.org

YM そうでした。(笑) 私は、ムサビの通信課程(コンピュータ基礎II)のレポート課題に大江戸線飯田橋駅を取り上げたこともあって、PhotoWalkerでまとめてみました。飯田橋駅は、渡辺誠さんが設計したもの(2002年の建築学会賞)で、植物成長モデルによるコンピュータ設計のウェブフレームを配したことも話題でしたが、このモデリングも田中さんが関与されているとのことなんです。ま、それはともかく、建築物の紹介では、鈴木さんも何度も行かれている客家の作品、伏見隆夫さんのものは、先日Diva賞も取られたとのことです。客家の構造や、迷路感というのか、よく出てると思うんですよ。あと、ご自分で積極的にSTAMP/PhotoWalker作品をつくっておられる建築家の方に佐藤敏宏さんが居られます。

KS 僕のMacでは見られなかった(笑)ので、実は所員のMacで見てた訳なんだけど……、確かに、伝統的な建築写真の相補的なツールとしてこれから展開の可能性がありそうだね。一種の仮想現実感、あるいは仮想臨場感というのかな、頭の中で『現場』がネットを介してイメージ出来る。客家は、僕も行っているから特におもしろかった。これって、完全なバーチャルシティをゲームみたいに勝手につくるのではなくて、本当に存在する、土臭い、あるいは人間の匂いに満ちた空間をこうして再現し追体験してる、という点がいいよ。

YM おもしろいですよね。デジタル写真だから気楽に自由にたくさん撮れ、そのままPCに取り込んで・・・というメリットが直截に活かせますし。編集というか、写真群をリンクしていく作業なのですが、ちょっとCPUパワーもメモリーも要ります。(笑) ま、WinもMacも両方用あって、サイトからダウンロード出来ます。編集していくとですね、自分で、もう一回、空間構成とか距離感とかを再認識するんです、撮っていた時とは違うレベルで、そこがまたおもしろいんです。表現手段というだけでなく、建築や景観に関する教育ツールとしても使えるのかもしれないですね。田中さんらは、建築物・まちを撮影してSTAMP/PhotoWalkerでまとめるフィールドワーク・ワークショップをこれまでもやってきてられるようです、ちょうど、[建築文化]主催のものがこの7/12と13に新潟であったようですよ。ま、遠くに行かなくても、アユミの地元、神楽坂なんかもいいんじゃないでしょうか、迷路っぽいとこもあるし。花街の路地を歩いていて、上を見上げたら突然、不釣合いなほどの高層マンションが目に飛び込んできて嫌だなぁ……でも、軒先に咲いてる花に癒されるなぁ……(笑) とか、そうした視線の移動も表現出来るはずですよ。来年は、建築塾でも取り上げてみられたら……とか。(笑)

KS いいね、それ。フィールドワークはもちろん『手考足思』が基本になければならないのだけれど、遠方の人が追体験したり、あるいは実際に歩いた後で他者の体験をなぞってみて、自分の感じ方と比較してみる、なんていうこともあるよね。

YM 年内には、清掃工場周りの光景のサイトを再度立ち上げるつもりなんです。私が建築塾の第一期で最優秀賞をいただいた[清掃工場の光景](今見るといろんな意味で稚拙なつくり:笑)ですが、撮影した99年から時間が経って、工場の改修や竣工などの動きもありますし、ちょっとまとめ直してみたいと思っています。この時に、PhotoWalkerも使ってみようかなぁと思っています。環境と建築・都市の交点みたいなところ、やはり個人的には興味がありますね。

KS なるほどね。デジタル写真と建築の関係、ただ銀塩からの代替とかいうことではなくて、新しい方法論も出てきていることがとてもおもしろかった。でもね、僕からは、やっぱり「生の土地を味わうというのが、可能ならば一番いいよ」というのは変わらない。(笑) ある意味、ネットやコンピュータ技術が進めば進むだけ、ほんとうのリアリティの価値が相対的に上がってくるという気もねぇ……。でも、アユミも、ちゃんと光は引いたし、ま、遅れてはいかないようにしますよ。アナログとデジタルの融合、そのバランス感覚をしばらくは宙に浮かべて楽しんでみますよ。

YM うーん、やっぱり、〆は喜一節ですねー。(笑)

手考足思……「手を動かして考え、自分の足で歩きながら思いをめぐらせる」という意味の河井寛次郎(陶芸家)の言葉。http://members.aol.com/Satokimit/think-with-hand-2.html

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