誰にも見えやしないけれど光が静かに流れてる  Vol.7
「都市を辺境化する」
年末年始の"行方知らずの旅"を終えて
望月祐志(YM)×鈴木喜一(KS)

YM● どうもお帰りなさい、年末年始恒例の"行方知らずの旅"はいかがでしたか?『旅の時空★大地の記憶』展で、今回の旅の作品も見せていただけたんですが、オープニングのパーティでは、ギターのライブと共に旅情あふれる南イタリアの写真も見せていただきました、なかなかいい会になりましたね。

KS● ほんと、なごやかないい会になってうれしかったね。旅に出て、やっぱり、日本を離れてみるといろんなことが感じられてね、僕にとってはとても貴重な時間っていうことかな。かれこれ年末年始に20年近く日本にいたことがないんですけれどね、これはともかく表彰ものですね。(笑)年末年始、日本は近頃どうなってんのかな?
 まあまあ、今年もどうぞよろしく。

YM● こちらこそよろしくお願いします。(笑)
 さて、前回(#6)の続きをやらないといけないのですが、その準備ということもあって、年末の空き時間に季刊『まちづくり』※(補注)をちょっと読んでみたんです。昨年5月に『造景』が惜しくも休刊になってしまって、編集長の平良先生、それに副編集長の八甫谷さんを囲むシンポジウムが、まちづくりとメディア研究会の主催で8月2日に早稲田大学でありました。鈴木さんや私も、もちろん参加したわけなんですが、シンポジウムの後で神楽坂に平良先生と八甫谷さんと共に戻ってきて、食事をしながらいろんな話をしましたね。

KS● そうだったねぇ。あの時は、『まちづくり』の発行準備のことに加えて、宇沢弘文先生の『社会的共通資本』のことも主な話題だった。平良先生が言われていたのは、「この方は数理経済学の先生なんだけど、とても視野の広い方で、"経済優先の資本主義原理"とは隔絶した、自然環境や公共的な施設、あるいは人が豊かに暮らしていくためのいろんなサービス・感覚を広義の"共有地・コモンズ(=共通資産)"として捉え、"経済主導"とは異なる軸線で大切にしていくことを提唱されていて、都市や農村のあり方の問題、さらに地球温暖化にも積極的な発言をされている……」ということでしたね。僕は、あんまり経済の理屈とかは関心ない(笑)んだけれど、農村の話や林業の存続とかということについては、最近なんですが、とても興味を持っています。それに自動車社会の非人間性とかも言っておられました。日頃から意識して考えていることに符合するところが多かったな。

※この対談はインターネットを経由したバーチャルコミュニケーション であり、
Vol.1」 「Vol.2
Vol.3」「Vol.4
Vol.5」「Vol.6の続編となるものである。


 

 

 

 


▲季刊『まちづくり』:休刊した『造景』の編集者だった八甫谷邦明氏が、『造景』の志を受け継ぐべく2003年に発行を始めた"まちづくり"のための雑誌。出版は京都の学芸出版社

YM● 私も宇沢先生、お名前だけは知っていたんです。というのは、インターネットの世界でのフリーウェアの運動(『GNU』のリチャード・ストールマン氏が教祖)※(補注)、それに(マルチメディア)コンテンツの"行き過ぎがちな著作権や知的所有権問題”に対する解決策を提案している『(クリエィティブ)コモンズ』の活動(サイバー法学者を名乗るローレンス・レッシグ氏が提唱)※(補注)とかに、本業が理論化学のソフトウェア・コード開発をやってることに加え、ネット空間のアートにも関心を持っているので、いろいろ情報を調べていたんですが、どこかのドキュメントで宇沢さんの『社会的共通資本』が出てきてたんです。なので、あの時の話はすっと浸透してきた。ネットの社会と実社会の垣根を「共に人こそが主役なのだから」ということで外してしまえば、『コモンズ』という考え方は、これから重要性が増していくように思っています。
 ま、冒頭からちょっと脱線しそうな方向に行き過ぎたんで、前回の対談の続きとして、公開講座『巨大都市の解体に向けて』に関する方へ軌道修正しないといけないです。(笑)とは言え、せっかくなので『まちづくり』からちょっとネタを拾ってみるのですが、五十嵐敬喜先生※(補注)が書かれた"美の基本法"に関する記事の冒頭に「(前略)何ら総合的な計画もなく超高層が立ち並ぶ東京と、人通りがなくなってきた地方都市の衰退は終末の様相を色濃くしている。破局を救う道は〔機能〕に代えて〔美〕を打ち出すしかないと考え、10年くらい前から〔美〕の研究に取りくんできた。(後略)」というテキストがあります。これは、公開講座の中で繰り返し論じられたこと、平良先生が挙げられた(地方の)市町村合併に関する問題、さらに最後に大石治孝先生※(補注)が提起された"地方都市でのまちづくりと建築の問題"にも通じると考えるのですが、いかがですか?

KS● そうねえ。難しい質問だなあ。確か、平良先生は市町村合併に関しては否定的でしたね。我々が最近考えている都市の人口はいったいどのくらいが適性なのか、という問題があるのですが、「合併によってその規模をはるかに上回って、一極集中の弊害がさらに増加するんじゃないかな……」という危惧を指摘されていたのですね。つまり、「"広域行政"や"構造改革"の美辞麗句の影の部分、つまりそこに住む人の環境がほんとうに豊かになるのか……」ということを真剣に考えて発言されていましたね。地方の経済的な負担が増加することも心配していました。「実質的には、地方に住む人たちの暮らしが不便になっていくばかりではないか」とね。
 大石先生は「地方の巨大建築は東京のデベロッパーが仕切り、"中抜き"になっている。そういうことではなくて、地方から建築を見直すことが必要だ。日本の伝統的な様式(和風建築)や民家づくりの良さを見直すことも必要。地方の家づくりを大切にして都市の家づくりとの共通性を探ることも大切だ。若い建築家が希望を持てるシナリオと実践……」ということも言われていましたね。つまり地方にかなり力点を置いて、"中央主導"ではない形で、建築も含めて、これからの方向性を探るべきだということですね。それに歴史とか伝統とか風土性とか、これはこだわらなくちゃあいけない。それを「ばっさり切り捨ててきた」ところに近代合主義の失敗がある。

GNUプロジェクト:"コピーライト"ではなく"コピーレフト"の考えに基づくフリーウェアOSの代表的存在。パソコンを計算サーバなどに使う際のOSにLinuxがあるが、その構成要素としてもGNUは用いられている。リチャード・ストールマン氏は"総帥"的な存在。

クリエィティブコモンズ荒川靖弘氏によれば「『クリエイティブ・コモンズ』では,知的財産権によるコントロールを意図的に制限し残りの部分を"知的共有地"に置くことによってあらゆる創造的な活動を支援できると考えています」という。ソフトウェアのフリーウェアの"マルチメディアコンテンツ版"。提唱者のローレンス・レッシグ氏が関わる米国サイトの日本語版のミラーサイトはこちら

 

 

五十嵐敬喜氏:法政大学法学部教授。都市計画法に関する第一人者。法学の枠に留まらず、都市における"美"についての考察・発言を続けている。『美しい都市をつくる権利 』(学芸出版社)、『「都市再生」を問う―建築無制限時代の到来 』(岩波書店)などの著書多数。

 

大石治孝氏:現代の和風住宅設計の第一人者といえる建築家。1974年、大石治孝建築設計事務所開設。1980、90年三重県建築賞、1984年中部建築賞、1990年豊田市景観賞受賞。
主な著書に、『和風の住宅』(立風書房)、『和風の住まい』(建築資料研究社)、『和風/情感の演出』(建築知識別冊)、住宅建築別冊『大石治孝作品集』(建築資料研究社)ほか多数。

YM● たしかに、両先生のお話は重いものでしたし、すぐには解決していかないことなのかもしれないです。ただ、ネットの社会でもフリーウェアやコモンズのような話、あるいは経済学の方でも宇沢先生の考え方などが出てきているので……ま、個人、あるいは小集団からでもやれることをやっていくことは無為ではないと思うんです、政治的な話ではなくって。
 大石先生のお話の和風建築は、本質的に木・林・森に親和性があるはずですね、例えば林産資源としての森の保全とかに直結している。もちろん、鈴木さんの工房でも和歌山の林業のグループ、それに木工集団との間でコラボレーション(ギャラリー庭にツリーハウスを造るとか)をしておられますよね。
 それで、またちょっと話題に新しい方向を与えてみる(笑)んですが、私の学生時代の恩師で、今また幸いにも同じ職場となってられる柏木浩先生※(補注)が、この前おもしろいことを言っておられたんです。「能動的に思考して勉強したり、あるいはプログラムをゼロから作っていけるような系統的な思考力を持った学生がだんだん少なくなってきている。諦めが早い人が増えてきた。これは、TVや受験制度の悪影響だけではなく、日常から木や森と言った自然の要素が次第に無くなってきていることにも原因があるのではないか。『知能の野性化』のための努力をしていかなくては……」というご趣旨なんですが、柏木先生のご指摘の問題点は、最近の犯罪の増加とか、学校の荒廃とかにも通じるところがあるように思ったんですね。都市の中が、それこそ超高層ビルの表層のように"漂白・滅菌されたツルンとした質感"で満たされていって、植物・緑も排気ガスに強いとか、維持管理が楽なものが選ばれ、造園というか造りこまれた"製品"みたいな要素が増えていってる。もちろん、緑がないよりある方がいいのですが。でも、実際の人の暮らし、あるいは時間を重ねて出来てきたまちなんて、ぜんぜんツルンとなんかしてない(笑)わけですね。前回の対談のモチーフでもあったヒューマンスケールとの乖離ってことも、もちろんあるんですけれど。都市における自然の要素、それは緑だけではなくって、鈴木さんがここんところよく言っておられる「都市の辺境化する」っていうことにも含まれているのではないかと。東京で暮らしを持ってる人が、田園都市・里山に住まいを移すっていうことも、もちろんあるのかもしれないけれど、ま、だれでも出来ることではないですよね。"都市の辺境"に目を向けて再評価し、そして可能なら有効に活かして・残していく……を考えていくことは、"東京脱出”に対する相補的なアプローチとして重要ですよね。(笑)

KS● できることから、個人からでも少しずつ手を打っていきたいですよね。そうして打たれた点の一つ一つが繋がっていくことを僕はひそかに考えています。そういう意味と思いもあって、"神楽坂建築塾ネットワーク"のような真面目な同志(研究者・まちづくり関係者・建築家・職人・林業家等)のネットワークの構築を急いでいるんです。『野性化(ウィルダネス/wilderness)』という言葉にも僕はよく反応します。僕がここずっとテーマとしている『集落への旅』というのがありますね。世界中の古い集落やまちで歩いて、見て、撮って、描いているわけですが、これはすごいなと思って感動しているその中の大事な一つの要素に、『野性』というのがあるんですよね。「都市を辺境化する」なんていうこともそこから出てきているわけで、少しでもそれを見習って(野性化して)いこうということなんです。僕はそういう環境の中で生きていたいんですよね。ですから身の回りからまず辺境化していく。とりあえずアユミギャラリーと横寺の家の間の約120メートルの間をなんとかすると僕の生活は快適になるということですよね。それができたらそれを押し広げていく。「辺境化する」とは言っても、「まち全部をつくり直す」ということではないんですよね。"辺境的"、"野性的"、"歴史的"なものを注意深く拾いあげて守っていくことなんです。あるいはそれをベースにして環境を拡充していくことを考えたい。僕は最近、塾生達と神楽坂に建てられた昭和20年代の建物の調査に入りました。近世の石垣とか、路地とかも含めてね。『神楽坂の野性』の把握です。まちを歴史の底から立ち上がらせたいんです。それをすることが「神楽坂に住む」ということの責任なのかもしれませんね。『東京神楽坂辺境暮らし』なんていう原稿を書いたこともありましたねえ。あの原稿、読みました?

YM● あ、不勉強?にも、読んだことがないですよ、すみません。今度コピーを一部お願いします。(笑)しかし流石に"都市辺境の達人"という感じですねぇ。それに、建築塾の理念・構想の奥深さを垣間見たような気もします。フィールドワークは、都市論・建築研究の実践的なアプローチの一つだと思いますが、ともすれば再開発されたばかりの新しいまち、あるいは流行のまち(ま、『CASA Brutus』とかに半分宣伝目的でタイムリーに取り上げられそうな:笑)とか、派手で分かりやすい場所が取り上げられることが多いのではないでしょうか、偏見かもしれない(笑)のですが。それに対して、"野性"や"辺境"をまちに探すというのは、(ちょっと、いやかなり)地味かも……ですね、ま、少なくともオシャレではないですね。(笑) でも、だからこそ建築塾の特徴、もっと言えば存在意義"が明示されていることにもなりますね。第六期の予定カリキュラムも見せていただきましたが、理念に即した内容になっているようで楽しみですね。

KS● いやぁ、#6と今回、けっこう密度の濃い内容になりましたね。この次は、どうなっちゃうのかなあ。


▲ツリーハウスの製作風景

 

※柏木浩氏:100%日本独自の理論化学ソフトウェア開発のパイオニア。現在は、東大生産研でタンパク質の電子状態を計算するプログラムProteinDFのプロジェクトを指揮している。

YM● 3月にある公開講座『戦後の建築・デザイン運動をふりかえる』に関連するのもいいですね。その前か後になるかちょっと分からない(笑)んですが、取材してみたいテーマはあるんです、東京での暮らし方に関連してなんですけれど。私が第一期の建築塾塾生だった時、講座でコレクティブハウスの話が小谷部育子先生※(補注)からあって、それでしばらく関連の活動に参加していたんです。東日暮里に昨年出来た『かんかん森』のネット接続に関しても、ちょっと情報を提供したりしたこともあった。それで、季刊『まちづくり』の"地域福祉の特集"の中でが八甫谷さん自身の記事として取り上げられていたので、関係者の方にまたお話を聞いてみたくなったんです。

KS● そうだったのかあ。かんかん森? なんだかおもしろそうだなあ。僕としては、"木の家の意義"とか"森を守っていくことの必要性"というあたりから発言したいと思ってますけれど。あっ、それから旅の話もしましょうね。まっ、ともかくまたやりましょう。(笑)

[#7終わり]

 

 

小谷部育子氏:日本女子大学住居学科の教授。北欧で、少子高齢化や女性の就労などの社会成熟化に対応する1つのアプローチとして始まったコレクティブハウジングに関する研究の第一人者。ALCCや国内でのコレクティブハウジング普及の活動も行っている。

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