誰にも見えやしないけれど光が静かに流れてる  Vol.10

「フィールドワークから見えてくること」
神楽坂建築塾基調講演を終えて
望月祐志(YM)×鈴木喜一(KS)

YM● まず、神楽坂建築塾の第六期の開塾、おめでとうございます。5月8日の開塾式に参加させていただいたのですが、今年度のテーマは『(古いまちや集落に学ぶ)ほんとうの豊かさとは何か』ですね。このテーマ、光対談#5でも話題になった、中国雲南省の母系社会:モソ人の集落を塾長の平良先生、写真家で写真塾の今期塾長でもある大橋さんらと建築塾の番外ツアーで訪ねられた時に決められたそうですね。

KS● そうなんですよ。昨年の11月初旬ですね。そろそろ第六期の建築塾のことが頭の中にちらほらとあったんでしょうね。

YM● 開塾式での平良先生の講演は、前回#9で 取り上げました神楽坂建築塾サロンでの基調講演『新しい田園都市構想をどうつくるか』の内容とオーバーラップするはもちろんあったのですが、モソ人の集落での暮らしぶりを具体的にお話しながら、日本における社会・家族のあり方の“変性”を資本主義−ま、それは超高層に表象されるわけですけれど−と対比させ、“豊かさ”のあり方をお話されるのに前半の時間を使われていましたよね。

KS● そうですね。平良先生の最近の関心が良く現れているなと思いました。確かに前半かなりの時間を使ってモソ人の集落について語られていましたね。家族っていったい何だろう? っていう本質的なところを母系社会を通じて問いかけていたように思います。
 フィールドワークで外に出ていくといろんなことに関心や興味が湧いてくるんですよ。麗江の古いまちで平良塾長とお酒を飲みながら雑談していたんですが、塾長がその席で、「振り向けば未来がある」「過去を抹殺するな」と発言したんです。それが深く心に響きましてね。“高度文明社会に置き去られていくもの”の中に、実は“ほんとうの豊かさ”が潜んでいるという視点、これはもちろん僕の中にずっとあったものなんですが、それを今期は中心に据えて考えてみたいと思っているんです。

※この対談はインターネットを経由したバーチャルコミュニケーション であり、
Vol.1」 「Vol.2
Vol.3」「Vol.4
Vol.5」「Vol.6
Vol.7」「Vol.8
Vol.9の続編となるものである。


▲神楽坂建築塾基調講演
●大橋富夫氏(写真家)
土門拳、林忠彦に師事。1960年以後、フリーのカメラマンとして活躍。2004年度から
神楽坂写真塾塾長。
【写真集・写真著作】『現代和風建築集』3・4・7巻(講談社)、『目でみる精神医学』(文光堂)、『花数寄』(彰国社)、黒川紀章『建築の詩』(毎日新聞社)、『住まいの近景遠景』(彰国社)他。

YM● なるほど、「原初的な暮らしぶりに改めて学ぼう……」という、ある意味、“原点回帰” を考えられているわけですね。そういえば、先日、南雄三さんとの『スライドショーバトル』の時に、鈴木さんが撮られた写真も見せていただいきましたが、大橋さんが撮られるのとは、また違った“暮らしのにおい”が感じられるものでした、写真なのにどこかにスケッチ調というのか、“鈴木節”が。(笑)空港建設に伴って、モソ人社会が“崩壊の危機”にあること も伺いましたが、“資本の侵食”が始まると“豊かさ”も変質してしまう?


▲スライドショーバトル

KS● 貨幣社会になってくるとお金ですべてが動いてくるって感じですよね。“ほんとうの豊かさ”が貨幣で計かれるかどうか、そのあたりもじっくり考えたいですよね。モソ人社会の“崩壊の危機”についてですが、空港建設はわざわざモソ人の集落を狙ってつくるわけですよね、湖を観光資源に……みたいな調子で。ある意味で、モソ人のプリミティブな豊かさを貨幣社会がつぶしにかかっているわけです。空港をつくる場所なんてどこでもいいわけですからね。そもそも空港なんていらないっていうこともありますが……。この辺、“観光開発”という謳い文句の持つ“毒性”に気づいてかないといけないんですよ、私たち。モソ人のことだけでなくって、日本でもね。ともかく、『住宅建築』の6月号に、参加してくれたみなさんの共編という感じで、20ページ近い!大特集(笑)をしてるので、そちらも見てみてくれたらうれしいな。


▲『住宅建築6月号』特集は《地球最後的母系社会・楊家のムールンファン》

YM● はい、了解です(笑)。さて、平良先生の開塾式講演での後半の話題、そしてサロン講演でのモチーフだった“新しい田園都市”について、#9での積み残し分(笑)、つまり“東京以外”のことで話を進めますか。
 鈴木さんは、GWには、東京からもほど近い、山梨県の勝沼あたりを歩いて来られたとか。私のは中央線の車中から見る印象なのですが、高尾を過ぎて山間部に入り、そこを抜けて甲府盆地に入ると急にパッと視界が開けて、ブドウ畑というか、田園地帯が広ってくる、あの光景に接する時間が好きですね。リフレッシュされます。東京にもパノラミックな光景が見られるところは、荒川の河川敷とかありますが、やはりそれは“都市光景”なので、質が違いますね、良い悪いではなくて。それで、その勝沼あたりはいかがでしたか? 都市型農業の要素もあるかもしれませんが、“昔からの暮らし”の様子も残っているのでしょうか?

KS● 平良さんの講義の中で、ハワードとは違う“日本型の田園都市構想”についての話がありましたよね。やはりそれは、日本の地形・風土に沿ったものになるんだろうなという予感がしましたね。山梨県の塩山や勝沼辺りの盆地は周囲に山もあり川もあり、ということでモデル地区になるかもしれません、東京からの距離の近さという点でもね。勝沼は伝統的建造物群保存調査実施地区で、古い建物もずいぶん残っていましたし、その土地の人情にも触れられるんですね。お友達もできました。みなさんを連れていきたい場所です。宿泊地は大善寺というお寺の宿坊がいいですね。

YM● お寺のHPを見てみましたが、緩やかな時間の流れが伝わってくる、いい感じですね。しかし、フットワークの軽い鈴木さんがうらやましいですねぇ。私は、時間的に東京から出る機会がなかなか取れないんですが(というか、この対談をご覧の多くの方もそうかも:笑)。そこで、対抗?というわけではないのですが、5月になって読んだ本からネタをふってみます。
 実は、平良先生のサロンでのお話、それに開塾式でのお話を伺って、マニフェストとしての“新田園都市構想”という部分が、(すぐに実行が可能な)具体的な対策というレベルに、なかなかブレークダウンが出来ないのですね。#9で取り上げた東京の原・現資産、それは鈴木さんのいう“辺境”だったり、“遍在する小さな緑”だったりするのですが、それらを活用していくというアプローチの方が私には分かりやすかったんですね。つまり、平良先生のお話をうけた上での、“東京以外での具体策”というのを、自分なりに考え初めてみたかったんですね。

KS● そうかなるほど…、望月さんには、ある種の“ギャップ”があるんだ。僕はね、こう思うんです。平良先生は相当遠くを見ている。100年、200年先のことを考えて理論構築しているわけですよ。すごいなぁと僕は思います。直近のことなんか頭にそれほどないですよ、きっと。と言ったら怒られるかもしれないけれど。(笑)でも僕はいい意味でそのスタンスを尊敬しています。だって、近代合理主義が世界を覆ったのはたかだか30〜40年でしょ。話がちょいとそれましたね。それで、東京−地方、都市生活−田園生活の“間”にあるというのがなにか、参考になるような本はあったのかな?

YM● 1つは、『季刊d/SIGN:No.7』の特集が「環境と視覚」ということで求めてみたんですが、その中に、山形県の大蔵村在住の舞踏家で耕作者でもある森繁哉さんが、農業に関する考察をインタビューに答える形で書いておられて、それがおもしろかった。気に入ったのが【農業論は都市論ある】というフレーズで、柳田国男や吉本隆明をちょっと引きながら、都市と農村のあり方を二項的に対比させるんじゃなくて、相互の絡み合いの必要性・可能性について指摘されている。農村にコンピュータを使う仕事の人たちが“移住”してきて、それで情報環境の整備を役場に訴えたとかの話も。(笑)

KS● なるほど、それで。

YM● ま、“農村でのIT”みたいなのはいいとして(笑)、私は不勉強にも柳田をこれまできちんと読んだことがなかったのですが、「柳田は100年も前に、既に“都市問題”と“農業問題”の連関を見抜いていた」という補足も、インタビュアの入澤美時氏によってきっちりと書かれていて、こちらの記事もおもしろい。私にとっては、平良先生の“構想”をこれから読み解き、考えていく上での一つの補助線が引けた、という点でありがたかったです。
 それで、農業、つまり緑ですね、関連しておもしろく読んでいる本は、青木辰司氏の『グリーン・ ツーリズム実践の社会学』(丸善)です。都市で暮らす人と郊外・農業地区に暮らす人との“交流”を一過性のブーム(あるいは単なるレジャー)ではなく、いかに継続的なものにして、都市集中の弊害を低減しつつ、同時に農村などの非都市部のまちづくり・活性化を図っていこうという話なのですが。鈴木さんは、グリーンツーリズムとかご存知でしたか? ま、言葉よりも実践に行く……のが鈴木さんではないかと思いますが。建築塾とかの地方版講義って、実は、趣旨は通じるところもあるのかもしれないですね。

KS● グリーンツーリズムね。元所員の酒井哲君がそれを少し研究しているようでしたね。エコツーリズムだったかな? 僕がかなり関わっている南会津郡でもそれを援用してランドスケープを試みたことがありますよ。一昨年、みんなで(建築塾フィールドワーク)行ったけれど。今年は8月に佐原に行くことになっていますが、ひょっとしたら望月さん的には、それも関係するのかな?


▲日本のDTPの草分けである戸田ツトム氏、鈴木一誌氏によって太田出版から刊行されている。内容・情報量は非常に多く、ハイパーテキスト的な印象を与える実験的な紙面つくりになっている。
著者/訳者名:戸田ツトム/責任編集 鈴木一誌/責任編集
出版社名:太田出版 (ISBN:4-87233-846-4)
発行年月:2004年05月
サイズ:174P 28cm


著者/訳者名:青木辰司/著
出版社名:丸善 (ISBN:4-621-07392-3)
発行年月:2004年02月
サイズ:156p 21cm

YM● あぁ、いいですね。佐原は99年の3月のスケッチツアーで行きましたね。水路と建物の保存を基調にしたまちづくりの光景が思い出されます。そういえば、近江八幡も八幡堀の再生でまちづくりをやったのですね。これは、スケッチ展で行きました。たしか、八幡掘の再生を訴えた川端さんという方(お名前も絶妙!)が市長になっているそうですが。

KS● 近江八幡のまちづくりは、とてもいい例だよ。僕は、あのまちなみの光景は好きなんだ。どこにもない、近江八幡ならではの“場所性”がある。琵琶湖の疎水を引いてきたりしてね。

YM● あぁ、鈴木さんはお好きそうだ。ただ、近江八幡でも駅の南側は、けっこう普通のベッドタウン風な感じだったと思うんです。これは、否定的な意味で言ってるんじゃなくて、変わっていかなくてはいけない部分と、変わらない方がいい部分(変えるべきではない)部分とが、共存・混在しているというというのが、むしろ“日本的なまちづくり”として現実的でいいのかなと。これは、ま、エトランゼとしての私の勝手な見方かもしれないのですし、“近視眼的”なのかもしれない。(笑:爆)

KS● いやいや、その通りです。望月さん、気をつけた方がいいですよ。(笑)


▲佐原スケッチツアー


▲近江八幡スケッチツアー

YM● はは……そうかも(笑)。それで、まだちょっと続くのですが、#7で取り上げた、八甫谷邦明さんの雑誌『季刊まちづくり』の第二号も読みました(最新は、6/1付けの第三号)。今回の特集は、地方都市の中心市街地の活性化、それに市町村合併の2つです。相変わらず、固めのテキストが多い(笑)印象なのですが、やはり、各地での取り組みを精力的に追って、きちんと紙面を構成されていく手練は流石です。前者の中心市街地の問題は、お馴染みの“シャッター街”のことでもあるわけですね、郊外には広い駐車場を備えた大型店が進出して……あちこちで切実な問題ですよね。事例では新発田と茅ヶ崎が出ていました。後者の合併問題では、地域コミュニティ・地域自治組織の形成の必要性が具体的に紹介されてます。あと、イギリス・スコットランドでの地方自治改革の先導例もおもしろかった。
 『まちづくり』の中で景観論を連載されている東大の西村幸夫先生の『都市論ノート』(鹿島出版会)も買ってみたんですが、ちょっと仕事がばたばたして、ちゃんと読めてません。ナナメ読みによりますと(笑)、建築や景観、各種歴史的遺跡の保存、あるいはまちづくり、行政レベルと市民レベルの“間”を跨ぐ形で、事例豊かに論じている本なんです。丸の内地区のビル建替えに関する景観問題も出てます。私がいいなぁと思ったのは、ヨーロッパのまちづくり・都市計画の“輸入”ではなく、日本(あるいはアジア)の特性をちゃんと踏まえた上での話が展開されているところなんですね。ハワードが仮定している都市/農村/田園都市の“等価性”を、「アジアでは決して等価ではない(≒都市に過度に集中)…」みたいな調子で、始めの方であっさり否定しているところからしていいんです。(笑)

KS● なんだか、本の紹介・・・、みたいになっちゃったね。ただ、具体的な事例をいろいろ調べ、それを建築塾やサロンの中で紹介したり、論じたりしていくのは、大切なことだよね。それが、平良先生の“構想”を具現化していくことにも繋がるかな。それにしても、それを支えるのはフィールドワークだよね。足を棒にして歩くと見えない部分が見えてくる。地方の建築やまちづくりの動きを確実に捉え、“新しい田園都市構想”につなげていくには、そこのところが肝心です。

YM● いやぁ、流石、実践派・行動派の鈴木さんのコメントですね。私のように、フィールドワークとはいっても、東京ばかりの輩には、耳も痛い(笑)ところもあるんですが……今年は、佐原とか、あるいは勝沼とか、近場には、ご一緒させてもらいましょうかね、ほんとに。まま、いい感じの〆になってきましたね。

KS● 今回で、ちょうど10回。続いたものですね、次は15回まで、とりあえずやってみましょうか。(笑)公開講座が7月11日にありますね。テーマは『再生民家がつくるまちなみとは』です。その前の6月18日からのギャラリーでの展示では、『森から住宅を考える2004』もあって、セミナーやフォーラムもありますよ。望月さんも来てもらって、一緒に考えてください。

<<了>>


▲季刊『まちづくり』

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